8/13「夏祭りで作った綿飴は意外に難しい」
――8/13「夏祭りで作った綿飴は意外に難しい」
布団の上で、以前の夏休み日記を広げる。これは憶えている。
黒髪の女の子――紅葉と、お祭を一緒に歩いた。
この集落一帯は、8/13に神事――夏祭りを行う。もともとは、慰霊の意味があったらしい。ご先祖様を、賑やかに迎え、そしてお盆の期間を共に過ごす。父さんも母さんも、このお祭のお手伝いに奮闘している。
(まぁ、俺は良いか)
高校生にまでなって、夏祭りではしゃぐとか無い。
いや、思い出すのが恥ずかしい。
本音はこれ。
クソガキだった俺は、意気揚々と紅葉に、綿飴を作ってあげようとして――失敗したんだ。
――意外に難しいだろ?
屋台のおっちゃんのドヤ顔まで、はっきりと憶えてる。他の子の綿飴は、綺麗なのに。紅葉の綿菓子は小さくて。それでも、嬉しそうに食べてくれたことを思い出す。
それより、眠い。オリンピックの閉会式を結局、最後まで見ていたら眠くなった。夏休みだからこそ、できる惰眠を貪って――。
「
「まーちゃ……雅春っ!」
対照的な、佐竹姉妹の声。でも、俺は眠っている。聞こえない、きこえな――。
「へ?」
俺は思わず、目を見開いた。
いや、息を飲んだ。
紅葉を一言で表せば、打ち上げ花火。夜空を彩る、大輪の花。
青葉を言うなれば、可憐に咲く紫陽花。強気に見せながら、実は姉を追いかける姿がいじらしい。青は、寂しがり屋だってことを5年ぶりに思い出したところだ。
そんな、まさに二人を表したかのような、浴衣に目を奪われない方がおかしい。
「「どうかな?」」
二人の声が重なる。
「ぐーっ💤」
「「どうかな?💢」」
「んぐはっ?!」
二人でゲシゲシ蹴るのは止めて。紅葉、本気で潰れるからマジやめて?
「……どう?」
青が心細そうに呟く。そんな風に言われたら、誤魔化しきれないじゃないか。俺は小さく、息を吸い込んだ。
「……似合ってる」
それが俺の言える精一杯だ。青が嬉しそうに笑んで――それから、恥ずかしくなったのか、頬を朱色に染めながら、俯いてしまう。
「雅君、私は?」
「いや、今言ったじゃん――」
「お願い権をここで行使します。具体的に、レビューをお願いします」
鬼だ。鬼がいた。結局、昨日の釣りの成果で、行使されたお願いを差し引き、あと4つ、お願い権が残っている。早く無駄玉は打たせるに限る。すっかり忘れていたけど、紅葉と俺は夏休みのこの期間、イタズラでこの村を沸かせた。うん、悪い意味で。こんな子に、権力を渡したら駄目、絶対。
「……レビュー?」
「good,verygood,Excellentの三段階。その理由もコメントしてね」
「えっと……」
「あ、夏祭りは一緒に行ってもらいます。あと、お婆ちゃんに着付けしてもらってね。あ、これはお願い権じゃなくて、決定事項だから」
にっこり
「それじゃあ、私達の評価をお願いします」
まったく手加減してくれない、紅葉さんだった。
「……二人とも、Excellentで」
「「やったぁっ。星、3つ!」」
佐竹姉妹がハイタッチして喜ぶのを見て、羞恥心があるが悪い気はしない。少なくとも、この二人を見て、星一つとはとても言えなかった。
「じゃ、それぞれ詳細なコメントをお願いね」
紅葉はさらに微笑む。語彙力の無い俺は、すでに心の中でレビュー済みのコメントを、口に出す以外、道はなかった。
■■■
陽は落ちて。
見覚えのある神社の――境内に吊るされた提灯が、淡く灯を灯す。中央には盆踊り用の櫓。この設営に駆り出され、汗だくになってからの着付けは正直、しんどい。
「……ん。割と良いと思うよ」
青、ありがとう。素っ気なく、頬を朱色に染めて。何より、唇の端を綻ばせて言ってもらえたら、これほど嬉しいことはない。
「似合っふぇるよ、ましゃ君。もぎゅもぐっ」
うん、焼き鳥を口いっぱいに頬張って言われても、全然嬉しくないよ。
「紅葉~」
「佐竹じゃん」
「妹ちゃん、やっほー!」
「あ……えっと? そちらの男子はどなた?」
何度目かのやりとり。俺はペコリと頭を下げて、距離を置こうとして――ぐぃっと引っ張られた。見れば、これも何度目か。青が俺の浴衣の袖を引く。
(別に良いのに)
つい苦笑が漏れた。田舎が、外部の人間に対してアウェーなのは今に始まったことじゃない。【紺野】がこの集落では本家。大人達は認識してくれるが、
見れば、やけに睨んでくるヤツが一人。視線を向ければ、目は一瞬で反らされた。
「紅葉、そろそろ時間だよ?」
「え、もう?」
紅葉はやる気がなさそう。そして、名残惜しそうに、俺を見る。
「盆踊りのお手本、頑張ろう! みんな、楽しみにしているからね」
お友達の一言に、渋々、紅葉は頷く。
見れば、チビ達がワクワクした目で紅葉を見ていた。彼女の人なりがそれだけで覗えるというもだ。
「……お前、
と、いきなり声をかけてきたのは、以前に会った綿菓子屋台のおっさんだった。ちょっと、白髪が増えたかな? と思うが、見知った人に会うのはちょっと嬉しい。
「うちの娘が、盆踊りに出るんだ! 代わってくれ!」
めちゃくちゃ公私混同なお願いだった。
「え……? 俺、5年前は大失敗したじゃんか」
「憶えてる、憶えてる。良い格好しようとして、な。でもあの後、レクチャーしてやったろ」
「そうだっけ?」
とぼけてみせる。
「お前、あの時の大雨で頭打ったって聞いたけど、元気そうで良かったぜ! 彼女を二人も連れて、やるねぇ。」
「「彼女じゃない」」
「彼女です」
紅葉から、意に反する声が聞こえた気がしたけれど、とりあえず
「ちょっとで良いから!」
「いや、売り物だろ? 素人がやって良いのかよ?」
「良いの、良いの。祭りなんて、所詮ぼったくりだから」
「それ、ちびっ子を前にして言っちゃダメなヤツ!」
「良いなぁ」
と紅葉が羨ましそうに言う。
「私も雅君の綿菓子、食べてみたいなぁ」
「……は?」
何言ってんだ、こいつ?
お前が、5年前に食ったんじゃん――そう声にするより早く、あいつが紅葉の手を取った。
「急ごうっ、時間が無いから」
「あ、雅君……」
紅葉が、残念そうに俺の方を振り返る。
「うん、応援してる」
ひらひら手を振ってみせたが、その声は届いたかどうかも怪しい。
便乗とばかりに、退散した店主に小さくため息をつくのは許されるだろう。
「まーちゃん」
きゅっと、青が俺の袖を引っ張る。
「がんばろうね」
青が微笑む。
――お前も友達と行かなくて良いのか?
つい無粋な言葉が湧き上がるけれど。
でも、その笑顔を見たら。
無意識に、その言葉を飲み込んでいた俺がいた。
■■■
「お兄ちゃん、すげぇっ!」
「綺麗っ」
「僕もそれやって!」
「まーちゃん、すごいよっ!」
ちびっ子、そして青からの賞賛の嵐に、思わず頬が緩んだ。
俺は割り箸を綿飴機のなか、タクトを振るように振り上げて。みるみる、カラフルな雲ができあがっていく。
かつてのリベンジというワケじゃないが、文化祭の模擬店で綿菓子を任されたのは、なんの因果か。時短料理研究同好会として、公民館祭りに参加したのは、この5月のこと。その成果が、レインボー綿菓子だ。どうだっ! 手は砂糖でベタベタだけどなっ!
「ねぇ、まーちゃん」
青が小声で、照れくさそうに、呟く。
「私も、また……食べたいなぁって。駄目?」
「また?」
紅葉と同じように、すでに購入済みだったんだろうか? 佐竹姉妹の食欲、恐るべしだ。
「まーちゃんが思っていること、絶対に違うからね!」
「ん? 大丈夫。青はもっと食べた方が良いと思っていたから」
「ほら、やっぱり!」
ゲシゲシ、青が俺の脛を蹴ってくる。それ、地味に痛いから!
「まーちゃん?」
「青?」
ちびっ子ども。俺たちの呼び名をリピートしなくてよろしい。
「二人とも、仲良しだぁ!」
「佐竹のチビお姉ちゃん、これは〝ほの字〟ってヤツですなぁ」
どこぞの爺様の台詞をきっとコピー&ペースト。お願いだ、年長者。もう少し、マシなこと言ってくれ!
青も顔を真っ赤にして怒らないの。あくまで、子供のすることだから、落ち着けって。と宥める。
「ほの字ってなぁに?」
「ホタルのことじゃない?」
うん、日本語って難しいよね。子供達の素朴な疑問に御耐えてあげる余裕はない。
「ほら、グダグダ言ってないで並ぶ! 普通の綿菓子、200円! レインボー綿菓子は3000円だよ!」
青、桁間違ってるよ……。
「青、お金の受け取りは任せた。俺、もう指が砂糖でねちゃねちゃだからさ」
「任せて!」
にっと笑う。
その瞬間だった。
賑やかなお囃子が流れてきて――。
いよいよ、盆踊りが始まる。並んでいた子供達の視線が、自然と矢倉へと奪われて。
矢倉の上で踊る高校生たち。
そのなかでも艶やかな黒髪の少女――紅葉が、提灯の明かりに照らされて。際だって綺麗だと思った。
「後で、一緒に踊ろう?」
青が俺に囁いた。予想外の言葉に、思わず二の句が継げない。
「……へ?」
俺?
「あのね、一緒に踊ると――」
ボソッと青は呟やくが、喧噪にかき消されて上手く聞こえなかった。
「え?」
「なんでもない」
クスリと青は笑みを溢す。
仕事を押しつけられて、面倒くさいだけだと思うのに。青は、どことなく嬉しそうで。そんな青のために、せめて綿菓子は必ずキープして。それから、盆踊りくらい付き合ってあげても良いかと思う俺は――きっと、夏祭りで浮かれていたんだ。
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「あのね、一緒に踊ると……結ばれるってジンクスがあるんだよ?」
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