8/10「久しぶりにあったキミは可愛くなっていた」



 車で揺られること一時間。ようやく田舎についた。見事に何も変わっていない。

 広がる水田。

 畦道。そして、車が通ってきた農道。


 ――ココが一番、近いからな。


 楽しそうに父さんが笑う。県道を通れば、道は整備されているが(一部、舗装が剥げているのはご愛嬌としても)迂回して回ることになる。俺としては、迂回してでも、コンビニに寄ってもらった方がよっぽど良かった。


「あそこのコンビニ、潰れたらしいんだよね」


 Oh……。

 なんてことだ。


 コンビニもない。回線もこころなしか弱い。これじゃ、お気にりのVtuber【ミキミキとリノリノの部屋】が聞けないじゃないか。この悪路じゃ、スマホの画面を覗くだけで車酔い必至。夏休み日記なんか、読むどころじゃない。

 車が、ブレーキをかけながら、ゆっくりと止まった。


「さ、ついたよ」


 俺は思わず目を見開く。促されるがまま車を降りた。

 何度も見た。


 田舎の家って、どうしてこうムダに大きいのか。庭から、大きな松が覗いて。丁寧に、きっと職人さんに剪定されたであろう生け垣。開け放たれた門扉は、来客を今か今かと待ちわびているようで。



 耳につく蝉の声。

 何気なく、見てきたこの光景。

 と、囁きが、漏れ聞こえる。まるで息を潜めるようだった。



 ――来てくれた!

 ――そりゃ、そうでしょ。お爺ちゃん、そう言っていたじゃない。


 ――青葉は、冷めすぎじゃない?

 ――お姉ちゃんが、興奮しすぎなの。まったく……アホらし。


 ――で、でも。去年は会えなかったし。

 ――お互い、受験生でしょ? 私だって、できれば受験に集中したいわ。


 ――それなのに、付き合ってくれる青葉、優しい。

 ――ほら、そんなことより。待ち人来たんでしょ、とっとと挨拶しろってば。


 ――青葉だって、嬉しいクセに!

 ――うっさい!



 一人は、おっとりとした子。黒髪が腰までのびて艶やかだった。

 もう一人は、同じく黒髪だが、ボブヘアー。どうやら彼女は妹らしい。少しだけ、背が低い。


 記憶の底の肖像と重ね合わせてみる。

 腰まである、黒髪の女の子と重なる。でも、あの頃の幼さはとっくに溶けて。しっかりと、大人の階段を登り始めた女の子がココにいた。


「……えっと」


 喉が緊張で乾く。

 多分、5年生の時も、こうやって彼女達と顔を合わせた気がする。

 一年は、小学生にとって大きい。それが5年――分からなくて当然だと思う。


「……えっと、確か――隣の、佐竹さん?」


 記憶を辿る。たしか、そんな名字だった。


「はい」


 彼女は嬉しそうに、にっこりと笑んだ。

 一方の、妹さんの方は茶番に付き合いきれないと言わんばかりに、唇を歪めている。


「……こうやって話すの、5年生以来かな?」


 記憶を辿る。

 あの事故以来、彼女と顔を合わせることはなかった。気まずかったから? 正直、理由は自分でも分からない。俺は帰省しても閉じこもっていたし、佐竹さんと顔を合わせる機会が、そもそもなかった。


 去年は、受験勉強を理由に、帰省しなかった。

 考える。


 記憶を辿る。

 でも、佐竹さん以外のキーワードが出てこない。


(まいったね……)


 あの事故以来、俺の記憶の引き出しは狭くなった。勉強で困ることはなかったが、日常的な約束や、昔のこと思い出そうとすると、ぽろっと何かが欠けてしまう。そんな俺だから、メモ帳が必須なワケなのだが――。

 今現在、そもそも忘れてしまっている俺に、メモ帳が用を足すはずがない。


「……私のこと、忘れちゃった?」

「都会じゃ、小学校で初エッチって言うしね。とっくに私のことなんか、忘れちゃったのかもね」

「「ちょっと?!」」


 俺と佐竹さんの声が、重なる。年齢=彼女いない歴を地でいく俺に、とんだ言いがかりだった。一方、佐竹姉はその頬を朱色に染めて、チラチラ俺を見る。


「……やっぱり、都会の人は進んで――」

「違うからね!」


 俺はどうして、こんなに必死に童貞を主張しているんだろう?

 自分で言って虚しくなってきた。

 そんなやりとりを見ながら、父さんと母さんはケラケラ笑っている。


、仲良しだね」


 父さんが、そんなことを言う。でも、ダメなんだ。佐竹さん以外、思い出せなくて――。


「ま、久しぶりなんだし。改めての自己紹介も良いんじゃない?」


 母さんナイス。本当に思い出せなくて困り果てていたから、この助け船は本当にありがたい。


「ふふっ」


 彼女は微笑を溢す。


「自己紹介……それも新鮮で良いですね。改めまして、佐竹紅葉です。こっちは妹の――」


 ペコリと彼女は頭を下げた。


「佐竹青葉」


 やっぱりむすっとした顔で、青葉ちゃんが言う。


「あ――紺野雅春」

「うん、知っている。忘れていないよ」


 ニコニコ笑って、紅葉さんが言った。


「……昔のように、マサ君って呼んでも良いかな?」

「う、うん……」


「じゃぁ、マサ君は私を昔のように、紅葉って呼んでね?」

「へ――」


「おぉ、マサ! 来ていたか!」

「マサ君、お帰り」


 俺が言葉を紡ぐより早く。爺ちゃんと婆ちゃんが駆け寄る。その後を追いかけるように、紺野の親戚筋。とにかく、理由があれば田舎では、親戚達が集まるのだ。


「マサ、大きくなったな」

「久しぶり」


「イケメンになって」

「もう、酒飲める年か?」

「雅はまだ未成年だからね、兄さん」


 父さんが苦笑しながら親戚のおじさん、おばさん達の相手をしてくれるのが、本当にありがたい。


 そよぐ風。

 蝉の声。


 負けじと、凜と。響いた風鈴の音色。

 紅葉さんの揺れる黒髪に目を奪われながら――。





 なんとなく、あの時の感情キモチを思い出す。

 


 ――久しぶりに会ったキミは可愛くなっていた。


 まさか、五年たって。

 記憶の中の〝キミ〟を思い返して。

 日記に書いた一文と、同じことを思うなんて。





 りん、と。

 また風鈴が鳴って。ようやく俺は我に返れば――げんなりした顔の青葉ちゃんと、目が合った。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る