Summer Once Again ~オレとキミだけの夏休み日記~

尾岡れき@猫部

8/9 帰省準備


まさ? 準備、終わったの? 忘れ物しても戻ってこないからね?」

「今やってるって!」


 母さんに急かされて、着替えをキャリーケースに乱暴に詰め込んでいく。毎年、恒例の里帰り。以前なら、自然の中を駆け回るのが楽しみだった。でも今は――。


 よく分からない。

 小学校まで、あそこに住んでいた。


 でも5年離れたら、みんな他人だ。

 だいたい、小学校5年の夏。大雨があったあの夏の記憶が曖昧なんだ。


 風鈴の涼やかな音。

 あの子が笑っていた。

 それから――。


(泣いていた?)


 そして、大雨が叩きつけて。

 濁流。

 イメージは湧き上がるのに、思い出せない。田舎に帰る度に、こうだ。



 ――あの時、大変だったのよ。

 母さんんが言う。


 どうやら俺は、大雨の日――川の濁流に飲まれた。

 そのままさらわれ、溺れ。

 岩肌にしたたかに、頭を打ちつけたらしい。


 硬膜下血腫。

 あの当時、診療所しかない田舎では、応急処置もできなかった。それからしばらくして、雨が落ち着いてくれたのは幸運だったといえる。ドクター・ヘリによる救助。救急搬送された俺は、大病院へ。

 ヘリのモーター音が耳につくが、それだけ。

 断片的にしか思い出せないのだ。




「なに、これ?」


 思わず、呟く。暇つぶしに何か本を……と思っていたら。小学校ガキの時の日記が出てきた。いわゆる、夏休みの思い出、ってヤツである。


「字、汚ねぇ」


 我ながら、感心する。あの頃に比べたら、ちょっとだけ綺麗になった気がする。毎年、ギリギリまで過ごすのが恒例。でも特に誰とも会う予定はない。お盆が終わったら、一人で帰りたいと、どうしても思ってしまう。


(ま、じーちゃんとばーちゃんを喜ばせるのも孫の務めだよなぁ)


 そう心の中で呟きながら、俺は無造作に【夏休み日記】をリュックのなかへと放り込んだのだった。







▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥




8/10「久しぶりにあったキミは可愛くなっていた」

8/11「井戸で冷やしたスイカはとても美味しかった」

8/12「釣りにいこう、お昼は俺に任せておけと言った朝の俺をぶん殴りたい」

8/13「夏祭りで作った綿飴は意外に難しい」

8/14「お墓参りでかくれんぼしたら怒られた。のっぺらぼうに」

8/15「温泉に行ったら混浴だった。ま、関係ないけどね」

8/16「蔵の探検。宝の地図、みーつけたっ」

8/17「冒険に出たいが、残念ながら宿題がピンチだ。わっはっはっ」

8/18「涸れ井戸の冒険譚」

8/19「龍神の祠へようこそ……? し、白蛇なんか怖くない」

8/20「キミのクラスの奴らとのタイマン。ごめん、大事な友達を傷つけれて黙っていられるほど、俺、優等生じゃないんだ」

8/21「買い出しに行こう! 別に特別な意味なんかないけれど、世話になってるから。他に意味なんかないからな!」

8/22「雨の日は退屈だから、押し入れの中を探検しよう!」

8/23「大雨で陥没した古墳にいける? これ世紀の大発見じゃねぇ!?」

8/24「また雨。雨が止んだら帰る? 俺達の冒険はこれからなのに……。先生の次回作にご期待ください、とか言わせねぇ!」

8/25「男と男の約束。これ以上は日記に書けない」

8/26「続、雨。降り止まない。だから、キミと一緒にいれる」

8/27「緊急避難。学校の体育館へ。キミと一緒なら悪くない」

8/28「どうせなら、キャンプを楽しもう」

8/29「避難所での百物語。キミの好きな人……」

8/30「キミがいない?」




8/31「          」





▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥





 この時の俺は、まだ知らなかった。

 俺とキミの夏休み日記……もう一度、一緒に記す。

 そんな夏になるなんて――。

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