ゆきなちゃんのきれいな血

汐海有真(白木犀)

ゆきなちゃんのきれいな血

 これは、私が小学生の頃にあった話です。


 詳しい時期は覚えていなくて、確か四年生とか、五年生とかくらいの頃だったと思うんですが……仲の良いお友達がいたんです。本名だとまずいので、そうですね……「ゆきなちゃん」とでもしましょうか。やっぱり暑い日が多いと、冷たい雪が恋しくなりますからね。


 ゆきなちゃんとは中学校が分かれてから疎遠になってしまったので、大人になった今となっては外見も少し朧げなんですが、随分と長い黒髪だったことは覚えています。


 そんなゆきなちゃんは、少し不思議な子だったんです。

 天然、とでも言うんですかね?

 今でも印象に残っているのは、ほら、給食とかであるじゃないですか、お休みの子がいたことでデザートに余りが出て、欲しい人たちでじゃんけんをするやつ。

 私は昔から美味しいものが好きなので、そのときも勿論じゃんけんに参加したんですが、そこにゆきなちゃんもいて。

 最初はグー、じゃんけんぽん、でそれぞれ出したい手を出すじゃないですか。そのとき、ゆきなちゃん、手で蟹をつくったんです。あの、影絵の蟹です。

 いや何それって皆思うじゃないですか?

 そのとき、確かゆきなちゃん、こう言ったんですよ。

「すごく強いカニなの」

 ……ね、不思議な子でしょう?

 ちなみにゆきなちゃんは反則負けになったと思います。


 小学生って、変わり者を嫌う傾向にあると思うんですよね。

 だからかゆきなちゃんは友達が少なかったんですが、私はゆきなちゃんのそういう不思議さが好きでした。


 さて、ある日、図工の授業があったんです。


 授業内容は確か、自分の好きな風景を描くみたいなものでした。

 私は、何を描いたかなあ。桜並木とかだったかな?

 まあ、それはどうでもよくて。

 ゆきなちゃんは、海を描いていたんです。

 海を描くときって、空とか魚とか人とか、そういうモチーフを入れ込むことが多いと思うんですが、ゆきなちゃんは海しか描いていませんでした。画用紙の白はどこかへ消えてしまって、深い青色になっていました。

 そのときは深く考えませんでしたが、今思い出すと何だか不穏な絵ですね。


 昔の私は今よりも生真面目だったので、黙々と絵を描いていたんです。

 そうしたら、隣のゆきなちゃんが、「いたっ」って言ったんですよ。

 思わず私は、ゆきなちゃんの方を見ました。



 血が、出ていたんです。



 指の腹だったので、恐らく画用紙で切ってしまったのでしょう。

 図工の授業にはよくある怪我です。

 ……その、はずなのに。



 ゆきなちゃんの血、青かったんです。



 まるで、海のような。

 きれいな。

 青色、でした。


 え、と思って、もう一度見ようとしました。

 でも、ゆきなちゃん、「絆創膏……」って言って、私に背中を向けちゃうんですよ。

 ロッカーまで行って、ランドセルから絆創膏を出して。

 それを巻いて、私の隣に戻ってきました。


「切っちゃったー」とゆきなちゃんは笑っていました。

 どうしても気になって、私は、ゆきなちゃんに聞きました。

 指、近くで見せてくれない、って。

 ゆきなちゃんは「いいよー」と言って、私に指を見せてくれたんです。

 絆創膏って、血が滲んで見えるじゃないですか?

 ……それは間違いなく、赤色でした。

 青色なんて、ほんの少しも、なかったんです。


 あの青色は、何だったんでしょうか。

 ゆきなちゃんは海ばかり描いていたから、絵の具が指に付いていて、それを見間違えたのでしょうか?

 私がゆきなちゃんの海の絵を眺めていたことによる、目の錯覚だったのでしょうか?

 それとも、ゆきなちゃんの血は、

 あのときだけ。



 ……今となっては、真相はわかりません。



 でも、本当に、きれいだったんです。

 忘れられないんです…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆきなちゃんのきれいな血 汐海有真(白木犀) @tea_olive

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ