路地裏に入った日

藤拓馬

第1話

ある夏の日のことだった。

学校帰り、駅のホームを出て歩いている時に急に声を掛けられた。

「キミ、つまんなさそうな顔してるね。」その声の正体は路地裏から聞こえていた。そこにはジャージ姿の女性が立っていた。20代前半くらいだろうか。正直に言って怪しさしかない。

「まあ、取り敢えずついてきなさい」

そう言って怪しげな女性はこっちの方向に手招きをし、建物の中へ入っていった。不安な気持ちでしかないが、多少の好奇心があったため、足を運んでしまった。その建物には「占いの館」と書いてあった。建物のドアを開けると、先程の女性は正面に座っている。

「よく来たね。取り敢えず座って座って。」

困惑したが、言われるまま手前の椅子へ腰をかけた。対面の形になっており、テーブルの端には水晶が置いてある。

「今からこのお姉さんが、君の人生が面白くなるようにアドバイスをしてあげよう」

「はぁ...お金は取ったりするんですか?」

「一回千円だよ」

値段を聞いて先程の好奇心もすっかり冷めてしまった。よく考えてみたら、こんなところでお金を使うのは馬鹿馬鹿しい。

「すみません、僕帰ります。」

席を立ち、帰ろうとドアを開けた。

「ちょ、待ってよ。千円で君の人生はもう面白くなるんだよ?たった千円なのに。今話を聞かなかったらこれから面白くなることはないだろうなー。」

言い方が鼻についた。このまま帰るのも何か癪だから、再び椅子に座った。

「よし...じゃあ先に代金を頂くよ」

こんなことに大切な千円を使って良いのかと思いながら、財布から取り出した。

「毎度。早速だけど君、今の人生に満足してないだろう?」

急に他人から自分の人生を否定されるようで気に食わないが、的を射ている。特に部活も入っておらず、家へ帰ってもインターネットの動画を見て、寝るだけだ。

「まぁはい、そうですね」

「彼女も居ないだろう。」

「はい...」

当然のように言われると凄い腹が立つ。

「でも安心してくれたまえ、この話を聞けば彼女なんかいらないくらい人生は面白くなるぞ。」

そんなにハードルを上げておいて、為になる話ではなかったらどうしてやろうか。間違いなく口コミには星一を付ける。

「もったいぶってないで早く話せ、とでも言いたげな顔をしているな。率直に言うと"自分で行動を起こす"こと、ただそれだけだ。」

「それだけですか?」

「そう、それだけ。」

話を聞いて拍子抜けした。いわゆる「明日やろうは馬鹿野郎」と同じ類の、自己啓発でしかなかったのだ。やはり金を出すべきではなかった。

「そうですか、ありがとうございました。」

「まあ、落ち着いて聞きなさいよ。行動っていっても勉強を始めろだとか、株を始めろとかそういうことを言ってるんじゃない。ほんの些細なことでもいい。例えば、コンビニのレジにある箱に募金をしてみるとか、10分だけ早く起きてみるとか」

「そんなんじゃ面白くなるわけないですよ。」

「あのねえ...君、いつも変わらない毎日を送っているでしょ。朝起きて、ご飯を食べて、歯を磨いて、学校にいく。学校から帰ってもずっとゴロゴロしてばっか。そんなんじゃ面白い訳ないよ。要するに毎日に"違い"を生み出すんだよ」

「"違い"ですか?」

「そう、違いだよ。君は彼女が欲しいだろ?」

「まあ、欲しいかどうかと言われれば...」

「そうだろう、彼女が欲しいっていう願望も、つまり彼女がいることで彼女がいなかった時との違いが欲しいんだ。」

確かに、言っていることは正しいかもしれない。

「でもそんなこと言っても、違いを生み出すために何をすればいいか分かんないです。」

「そう難しく考える必要はない。君が今この店に来たのも、立派な"違い"だよ。普段こんなところに来る機会はないだろう。」

「確かに、ここに来たのは初めてです。」

「だろう?簡単なことなんだ。でも、案外気付けない。違うことをするのは疲れたりもするから、無意識の内に目を逸らしてるんだ。」

「分かりました、"違い"ですね、ありがとうございます。」

少し為にはなったが、千円という金額を考えとやはり高い。口に出すことはしなかったが。

「よし、これから君の人生はうんと面白くなるぞ、毎度あり。」

店を出た後、金額への不満はあったが、謎の充足感もあった。これが彼女の言っていた"違い"だろうか。歩いていると道端に空き缶が落ちていたので、拾ってゴミ箱に捨ててみることにした。大したことでは無いが、少し良い気分になった。

そういや、水晶玉を使ってなかったが、何のためにあったのだろうか。


次の日、学校では誰も黒板を消していなかったので、消した。特に感謝はされていないが、自分の中で少し満足するものがあった。また、人権標語のコンクールのチラシが目に入ったので、応募してみることにした。前に応募したのは小学生以来であり、考えてみると意外と難しいものだ。帰り道、昨日と同じ路地裏に寄ってみることにした。彼女はまた誰かにアドバイスをしているのだろうか。ドアを開けてみると、昨日の彼女ではなく50代あたりの女性が座っていた。

「いらっしゃい、何か占おうかい?」

テーブルの真ん中には水晶玉が置いてある。

「あ、すみません。占って貰うためにに来た訳ではなくて、他にここで働いている女性はいませんか?」

「いや、私以外には誰もいないよ。」

どういうことだろうか。今の女性が言うことが本当であるのならば、昨日話した女性の正体は一体誰だったのだろうか、その時だった。

「お母さーん、誰かお客さん来た?」

部屋の奥から誰かが姿を表してきた。それは昨日話した彼女だった。

「あぁ、今1人お客さんが来てくれたところだけど。」

「そ、そう。あ、私、彼と知り合いなんだ。ちょっと外に出るね」

明らかに動揺を隠せていなかった彼女は僕を強引に外へと連れ出した。

「どういうことですか?」

「本当にごめんなさい、私本当はあそこで働いているわけじゃ無いんだよ。」

理解が追いつかなかった。

「じゃあ、さっき座っていた人は?」

「あれは、私のお母さん。昨日、少し出かける用事があったらしくて。」

「つまり、昨日お母さんが出かけた間、占い師になりきって僕に色々話をしてたってことですか?」

「そういうこと、お金は返すからお母さんには黙っててください」

急に丁寧な口調になって彼女は話していた。なるほど、昨日水晶玉は使わなかった訳ではなくて使えなかったのか。

「こっちは大丈夫ですけど、なんでわざわざそんなことしたんですか?」

客から手相を占って欲しいとか、そういったことを聞かれたらどう答えるつもりだったのか。こっちが聞いた後、彼女は少し得意気になりながら答えた。

「日常に"違い"を生み出したかったからかな」




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路地裏に入った日 藤拓馬 @IREAT

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