二話 禁中、参内
二官八省(
大内裏の北側が竜皇の寝所『内裏』であり、別名『禁中』。通称『後宮』と呼ばれるその場所は、一殿三舎で構成され、主殿である
新年の、二日目。
清涼殿の南側にある『
「
「仕方なかろう、右大臣」
最初に発言したのは、右大臣である
はるか昔、竜人を最初に人間の国へ受け入れた、豊かな財を持つ三つの家である『御三家』は、有原・石上・大江。最初の恩恵として竜人の言葉である『竜語』を与えられ、その言葉は血筋で継承されることから、代々太政大臣、左大臣、右大臣の三大臣を務めることとなった。
三人とも黒い
がっしりとした
顔の中心にある鼻頭がぶっくりと膨らんでおり、でっぷりとした腹で
線が細く、真新しい
「大江は、竜語が薄まりかけていると聞くが?」
右大臣の石上は大袈裟なほど右眉を上げ、手に持った
位では左大臣が上だが、清平は前任である父から代替わりしたばかりの新人である。畏まって畳に両手のひらを突き、「今夜、『
「おお、おそろしい。
「口を慎め、石上の」
さすがに太政大臣有原が苦言を吐くと、場にピリリとした緊張をはらんだ空気が流れる。
こうして平然を装って集まってはいるものの、『苛烈な火ノ年』に恐れ
「竜皇
有原の質問に応えたのは、宮中を司る宮内省の大納言だ。紺色の束帯姿である。
「は。
「そうか……ゆめゆめ準備を怠るなよ」
「は!」
左大臣は代替わりしたばかりであり、竜皇はよりにもよって最も残虐であると恐れられている焔。
「はは。『災厄の代』なあ。どうなることやら」
どこか楽しげにのたまう太政大臣に、笑って迎合できるような
❖
(ここが、大内裏……)
新年四日。よく晴れた昼のころ。
『禁中へ参内せよ』との書状を握りしめた
おまけに、従七位という下級貴族である琴乃は、当然大内裏の中に入ったことすらなかった。
門番に書状を差し出す従者の仕草を、琴乃はじっと
やがて木の門が大きく開かれ、
(ああ、入ってしまったらもう、戻れない)
門番が断ってくれたら、という琴乃の淡い期待は、あっという間に霧散した。
大内裏に入っていくらも経たず再び牛車の車輪が止まると、外から「降りるがよい、朝比奈の」という凛とした声がする。
そっと
(誰かしら……刀を差しているし……あの、目は)
ぴんと伸びた背筋で背後にふたりの部下を従えるその武人は、左目に黒い眼帯を着けていた。色素の薄い茶色の髪はまとめて烏帽子の中へ入れられ、武人であるのに関わらず肌は白く、肩の線も細く見える。左手を刀の柄頭に置くようにしているその腕には、大きな布を掛けていた。
「朝比奈の。恐るることはない。さあさ、降りられよ」
二度声を掛けられたなら、もう覚悟を決めるしかない。
琴乃は意を決して簾をたくし上げ、足を外へ出せば牛飼童が
自分が持っている着物のうち、最も上等な浅葱の
(な、なにを!)
たちまち身を硬直させた琴乃へ、武人は淡々と告げる。
「
(部下を従えるような人に、
琴乃は下唇をキュッと噛み締め、黙って頷く。
布の隙間から見える沓の足先を眺め、軽い足取りの武人の歩に合わせて進む。名前を聞きたいと思ったが、聞いて良いのかすら分からず、ただひたすらに地面だけを見つめていた。
琴乃の心中を察したのか、武人がゆっくりと歩きながら
「我は、
と名乗る。
(少将!)
布を被せられていて良かった、と琴乃は驚きを必死で飲み込む。一番上の兄が
兄ですら会うことを許されるか分からないほど、高い身分である。しかも――
「今この時より、そなたの護衛の任に就く。困ったことがあれば、気軽に呼ぶが良い」
と言われてしまっては、訳が分からない。
はくはくと動かしても全く音の出ない唇を、今ほど憎らしく思ったことはない。琴乃は一人、驚きと葛藤を消化することに必死になっていた。
「さあさ、着いたぞ。ここがこれからそなたの
(火の巫女⁉︎ なにそれ⁉︎ 誰のこと⁇)
ばさりと布を取られた琴乃の目があんまりにもまん丸だったので、充輝は後で何度も「黒い
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