インベイド・フロンティア〜地球を侵略してきた光の巨人に立ち向かったら、防衛隊まで敵に回るってどういうこと?~

綾崎かなめ

子供のころの夢はかなわないっていうけど、どういうこと?

 ヒーローに憧れる高校生・白瀬英雄(しらせ・ひいろ)は、幼少期の思い出を振り返っていた。彼の部屋は宇宙からの侵略者に立ち向かう光の巨人や、街をなぎ倒していく怪獣王のフィギュアであふれかえり、壁のそこらかしこには特撮作品のポスターが並んでいた。さらに部屋の隅には、古びた特撮ヒーローのビデオテープが山積みになっており、その中には彼が幼い頃に何度も観た戦いのシーンが詰まっている。


 日曜の朝、英雄は特撮番組が始まると、テレビの前にじっと座り込んだ。画面に映るヒーローたちが怪獣や悪党と戦う様子を見つめ、その目はまるで宝石のように輝いていた。家族が朝食を準備する音が聞こえても、英雄の耳には決して入らず、ヒーローたちが繰り広げる活躍に完全に没頭していた。


 その隣には、いつも一緒に笑う幼馴染の谷川円(たにがわ・まどか)がいた。英雄と円は兄弟のように思えるほど仲が良く、当たり前のように英雄の家に入り浸っていた円は、共にヒーローの活躍を楽しんでいた。親から文句を言われても円は英雄のヒーローごっこに付き合い、ときには仲間のヒーロー役として、ときにヒロイン役として、様々な冒険を演じていた。


 ある日、テレビの画面には「覆面ドライバー・ジアス」が映し出されていた。ちょうど場面は壮絶な戦いの末、ジアスが悪のクモ怪人「クモ・アルター」に向かって必殺キックを放つところだった。英雄はテレビの中の戦いに目を輝かせ、感情を高ぶらせながら言った。


「将来、俺もヒーローになって地球を守るんだ!」


 ジアスの必殺キックでクモ・アルターが倒され、事件が解決したその瞬間、英雄はテレビの中で描かれる世界がまるで現実のように、自分の夢を叫んだ。それを聞いていた円も、目を輝かせながら答える。


「私も一緒に守るよ! 英雄を助けるパートナーになるから!」


 その約束は、小さい頃の純真な心の中で固く結ばれた。しかし、年月が経つにつれて、彼らは成長し、現実の厳しさを知るようになった。特撮番組で見るヒーローたちの活躍は、次第に子供の夢物語として心の奥にしまわれていった。現実の世界では、ヒーローのような存在はただの空想であり、直面するのは学校の地道な勉強と友達付き合いのような現実の問題だったからだ。


 それでも幼少期の夢を心に抱き続けていた英雄は高校2年に進級し、将来の進路を決める時期が訪れていた。成長した英雄は黒髪で短めのヘアスタイルに整え、前髪は少し長めで、やや無造作にも見える外見をしていた。英雄も進路という現実の厳しさに直面しながら、特撮番組が単なるテレビの中の夢物語で、自分の夢がどれほど非現実的かを理解し始めていた。しかし、諦めきれない英雄は、自分の進路に「ヒーロー」と書き続けていた。


 そのせいで英雄は放課後に進路指導を担当する先生の鈴木太郎に呼び出されていた。あらためて英雄が書いた進路希望に目を通すと、鈴木先生は眉をひそめた。


「白瀬くん、きみはふざけているのかな?」


 英雄の進路希望を目の当たりにした鈴木先生は、困惑の表情を浮かべながら尋ねた。


「子供相手ならわかるけどね。ヒーローなんてマンガやアニメのなかだけでの存在だよ。自分の将来をきちんと考えるのならば、もっと現実を見て、常識的な進路を考えなければならない」


 正論ともいえる鈴木の言葉に、英雄は肩を落としてうつむいた。英雄も何とか反論を絞りだしたいところだが、頭が真っ白になって言葉が出てこない。


「夢を持つことは大切だけど、現実と向き合うことも同じくらい重要だよ。特撮番組みたいなヒーローや怪人は現実にはいないんだから、夢ばかりじゃなくてリアリティのある選択肢を考えてみよう」


 現実的な将来をまっすぐ見据えた鈴木先生の言葉に、英雄は何も言うことが出来なかった。現実を受け入れざるを得ない状況に直面し、空虚な気持ちで進路指導室を後にした。


 高校生になっても夢を忘れきれない英雄とは反対に反対に、円は現実をしっかりと見つめていた。円も年相応に成長し、ふわっとしたカールがかかっている明るい栗色のロングヘアを、いつも可愛らしく整えられていた。彼女は子どもたちに愛情を注ぐ保育園の先生を目指しており、保育士資格取得のための学科がある学校を進学先に選び、地道な努力を続け将来の計画をしっかりと立てている。


 そうして現実を見つめながらも、円の心には別の感情がひっそりと潜んでいた。単なる幼馴染以上の感情を英雄に抱いていた円は、彼がヒーローになるという夢を持ち続ける姿に複雑な思いを抱いていた。自分の将来の計画が現実的である一方で、どんなに英雄が非現実的な夢を持っていても、その夢を追い続ける姿をそばで見守りたいと願っていたからだ。


その晩、ふたりは公園で将来について話し合っていた。英雄は進路相談でのやり取りについて話し、自分の心の中にある葛藤と悩みを円に打ち明けた。円は彼の話をじっと聞きながら、時折うなずき、彼を支えるために心を尽くした。


「円は現実的で、しっかりしてるね。僕には夢をあきらめることなんて出来ないよ。どうしたらいいんだろうな」


 そうやって淡々と話す英雄に、円は微笑みながら答えた。英雄は途方に暮れながらも、円に励まされているうちに少しずつ前向きな気持ちを取り戻していた。


「まずは今の状況を受け入れて、どうやったら自分の夢に近づけるかじゃない。 そもそも、英雄はどうしてヒーローになりたかったの?」


「俺は……」


 言いかけた英雄の耳に、突然、鼓膜が破れるようなサイレンの音が鳴り響いた。


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インベイド・フロンティア〜地球を侵略してきた光の巨人に立ち向かったら、防衛隊まで敵に回るってどういうこと?~ 綾崎かなめ @kaname_aya

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