情弱ボットウイルス

宇多川 流

情弱ボットウイルス

 情弱ボットウイルス



 次々、コンピュータ・ウイルスの解析結果が手元のモニター画面に送られてくる。それを眺めるとわたしは表示されている〈確認〉ボタンを押す。どんなウイルスがいくつあるのかは、事前に組んだプログラムで自動的に振り分けられカウントされる。ここ三ヶ月の統計を作るのが当面の仕事だ。

 ある意味楽な仕事だが、退屈だし目は酷使され、大した目立ちはしないが右手の人差し指のマニュキュアは剥げかけていた。幸い社員の健康を考えてか、二時間ごとに十分の休憩を入れる規則になっていた。

「チーフ、例のウイルス、見ました?」

 部下の入れたお茶をすすっていると、となりのデスクの青木が湯気の立つコーヒーカップを手に声をかけてくる。

「例の? 変わったものは特になかったけれど」

 楽な仕事とはいえ、わたしはただボタンを押しているだけではない。特記事項のあるウイルスがあればそれを抜き出すのも仕事の内だ。しかし今のところ、今日のウイルスはどこかで見たようなものばかり。

「では、まだそちらには送られていないんですね。いや、なかなかチーフの好みのウイルスじゃないかと思ったもので」

「へえ……それは楽しみにしておこう」

 青木は意味深な笑みを浮かべている。そこに先に知っている者の優越感があるように見えて一抹の悔しさを感じたが、どうせすぐに目に入るのだ。彼としてはわたしの楽しみを奪わないようにするためか、それ以上は言及しなかった。

 やがて休憩が終わり、仕事を再開して間もなく青木の言っていたことを理解する。

 〈情弱ボットウイルス〉という名前から、製作者は日本人のようだ。概要によると、指定したキーワードを含む話題に反応し、SNS用の四つの自動書き込みボットが自己を複製しながらキーワードに対する悪感情を煽る文章をばら撒くという。

 ご丁寧にも、ウイルス内にはネット上の説明書へのアドレスが記述されていた。リンクを開くと概要の内容に似た仕様説明に続き、四つのボットの説明が記述されている。


    * * *


無差別煽り・攻撃ボット――理論も道理もない、とにかく噛みつき相手の感情を害するボット。言ってることはメチャクチャだが、反論しても攻撃的でやはりメチャクチャな返事が延々続く。自分が楽しけりゃいい愉快犯。


無意識デマ・曲解ボット――かつてテレビが垂れ流す情報をひたすら鵜呑みにする人間を馬鹿にするネットユーザーらがいたが、そのさらに下を行くSNSで流れる情報を疑うことも検索なりして調べることもなくそのまま拡散する、〈マスゴミ〉化したボット。さらには情報は都合のいいように曲解・誤読。読解力? なにそれ美味しいの?


自称正義の味方ボット――こちらが絶対正義、あちらは絶対悪。他人の意見など耳を傾けない。大した調べることもなくろくに論拠のない謎の自信で相手を悪と断じるボット。相手に理があろうと、正義と信じる者に瑕疵があろうと、都合の悪いことはスルー。この世は王道物語世界のように勧善懲悪だと思っている。


少数派選民ボット――どんなに大勢が否定しようと、専門家が論拠を述べようと少数派につく、「本当のことを知っている俺たちカッコイイ」妄想ボット。常に少数の異端の専門家を信じ、自分たちは迫害されているという妄執を抱く。自称正義の味方ボットと相性がいい。


    * * *


 これを読み、思わず口もとが緩む。この製作者とは美味い酒が飲めそうだ。製作者は特定されていないが。

 報告を読むと、このウイルスが今、SNS上で猛威を振るっているという。わたしもSNSはいくつか参加しているが、気づかなかった。もともと情報に対して潔癖なので目に入るものを厳選しているせいか。

 試しに、スマートフォンでSNSを検索してみると酷いありさまだ。煽り合いに貶し合い、筋の通らないデマの拡散。もともとそういうものはあったろうが、それにしても以前より格段に目につく。こんなことになっていたとは。

 しかしまあ、それも後しばらくだろう。すでにこうして解析され、ワクチンもすぐに配布されるらしいから。

 それにしてもわたしはどのボットだろう、という考えが脳裏をよぎる。わたしですら、このボットたちの行為に全く身に覚えがないわけではなかった。このボットと見分けのつかないような人間のアカウントすらSNSにいくつもあるかもしれない。

 ――しかし、ここまでで済んで良かったな。

 なにしろ、人間には存在する〈間違った情報をもとに発言以外の行動を起こす〉ボット、というものが存在していないのだから。


 数日のうちに〈情弱ボットウイルス〉はインターネット上から姿を消した。

 しかしそれから数日、気になることがあった。もしかしたら取り越し苦労かもしれないが……SNSでまるでテンプレートでもあるかのように似た、〈根拠のないお世辞で褒めちぎる発言〉〈過大評価の拡散〉〈自己を卑下しつつ誰かを持ち上げる発言〉〈多数意見にすり寄る発言〉というようなものが増えている気がするのだ。

 まさか、とは思うものの、未だそういうウイルスがあるという話は聞かない。

 たぶん、今のSNSの傾向がそうなのだろう。とりあえずのところ、わたしはそう思うことにした。



   〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

情弱ボットウイルス 宇多川 流 @Lui_Utakawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

SF

地球解体は予定通りに

★3 SF 完結済 1話