第55話 諦観

「やる事が! 無い!」


「藪から棒にどうしたの?」


 八尺様に襲われた翌日の土曜日。勉強机とセットでついてきた椅子に立ち、側面に背中を預けてラノベを読んでいる美影を見下ろしながら高らかに叫ぶ。


 美影は手元の本から視線を外し、冷ややかな目で僕を見てくる。やめて、調子乗って大声出したのは謝るからその目はやめて。心にキちゃう。


「将棋はもうゆきさんに勝っちゃったから僕最強になっちゃったんだよねぇ」


「ならハンデ無しでやってみれば?」


「よそはよそ、うちはうちです」


「それは意味が違うと思う」


 ハンデ無しでやったら5分で対局が終わる自信がある。というか5分持つかもわからない。


「なら本読んだら?」


「あそこの本棚にあるのはもう全部3周以上してるからなぁ……」


「思ったよりもちゃんと読んでたんだね」


「もしかしなくても馬鹿にしてるよね?」


「してない」


「本当は?」


「してない」


「饅頭に誓える?」


「してる」


「してるんかい」


「嘘……かもしれない」


「どっちなの?」


「……ふふ」


 本当にしてないよ、と優しく笑う美影を見ていると、僕も自然と笑顔になる。でもさっきのは絶対馬鹿にしていたと思います。


「なんで笑ってるの?」


「いや、なんでもないよ」


「……まあ、なら良いけど」


 美影はまた本へ視線を戻す。その本の残りページはかなり少なくなっており、もうそろそろ読み終わりそうだ。


 僕は取り敢えず寝転がろうかなとベッドに横になると、美影が声を出した。


「ねえ、夕樹。これとこれの次の巻一緒に読む? これは4巻だけど3回も読み直してるならある程度はわかるんじゃない?」


「う〜ん、どうしようかな」


 このままベッドに横になっていたら絶対に寝る。感覚でわかる。そして美影の言う通り4巻や5巻から読んでもある程度内容を思い出せれば楽しめるだろう。


「ここに座って、夕樹」


 美影は立ち上がり、元々自身が座っていた場所を指差す。


「……うん、了解」


 この後の展開が少し読めたが、僕は抵抗せずに指示に従う。


 僕が座り、胡座をかいた後、美影は僕の足の上に座って来た。


「これで完璧」


「何が完璧かはわからないけど……まあ良いか」


 美影は八尺様やひきこさんほど身長が高くないので彼女が持っている本は見える。視力が高めで良かったと思ったのはこれで何度目かはわからないが自分の目に感謝をする。


「そう言えば美影が読んでるのって……ん?」


 僕はその本を見てみる。その本は左上にタイトルが書かれているタイプだった為、タイトルが見えたのだが……


 そのラノベは人間と幽霊が主要人物であるラブコメであった。


「……あ〜、僕こんなの持ってたっけ? 記憶に無いなぁ……」


 美影に他意は無い。美影に他意は無い。そう自分に言い聞かせて言葉を出す。


「本棚の1番上の段にあったのを適当に選んだだけ」


 美影はいつもと同じような声音で言う。聴覚だけだと何も変わらないが、僕の視覚は朱が差している美影の顔を捉えた。


 その様子から考えられる結論を首を振って無理に振り払い、僕は本に視線を戻し、ある事を思い出す。


「美影、その本の続きってあの本棚に入ってた?」


「え? う〜ん……」


 美影は少し考える素振りを見せた後——


「そう言えば、5巻無かったかも」


 そんな答えが帰ってきた。


「確か……リビングの机の上に積まれたプリントの周辺にあったような無かったような」


 頭の隅から無理矢理引っ張って来た朧気な記憶を伝える。そこに無かったら僕にはわからない。と言うか僕その本買ってたし読んでたんじゃん。


「ちょっと取ってくるよ。美影は読んでて」


 僕は立ちあがる為に足を動かそうとしたが、美影の手が僕の右太腿に置かれた。


「大丈夫、私が取ってくるから。出来るだけ早く帰ってくるようにするし、多分そこ以外の候補は無いんでしょ? それに私は普通の人間には見えないし」


「南さん達は出かけてくるとか言ってたと思うから心配は要らないと思うけど……候補が無いと、そう考えた理由は? 僕が言ってないだけという線も——」


「夕樹だから」


「理由が恐ろしく不名誉だ……まあ間違ってないから何も言えないんだけどね」


 美影は立ち上がり、扉のほうへ向かう。僕が無理矢理行く必要も無いと思うので美影に任せることにする。


「了解。じゃあ待ってるよ」


「ん。行ってくる」


 美影は扉をすり抜けて部屋を出て行った。


 ……もう扉のすり抜けに驚かなくなってしまった。僕も毒されてきたか……


※※


 そう言えば夕樹の家の1階を見るのは初めてかもしれない。そう思いながら私はあの本の続きの巻を捜す。


 壁をすり抜け、リビングらしい所に辿り着く。机にプリントが積まれているので間違い無いだろう。


「ねえ、文雄さん」


 閉じられた扉の向こうから声がした。夢乃南たちは外出していると聞いていたんだけど……ついさっき帰って来たのかな?


「私も、わかっているつもりなんだけど……もう諦めた方が良いのかしら……?」


 私は目的の本を手に取り、部屋に戻ろうと階段へ向かおうとしたが、ある人物の名前が聞こえて足が止まった。



 

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トイレの花子さんが僕を離してくれない kino8630 @kino8630

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