第54話 弱点も人それぞれ

 その少女、美影は殺気を出している八尺様を睨み、牽制しながら僕の隣に降り立った。


 そして何かに気づいたようにハッとした後、僕に向き直って焦り始め、僕の体を確認するように触り始めた


「だ、大丈夫、夕樹?! はっちゃんに何かされてない?!」


「う、うん。大丈夫、何もされてないよ」


 あたふたとしている美影は初めて見るような気がして少し笑いそうになるのを耐えながら答える。


 その返答を聞いた美影は安心したように息を吐き、数歩歩いて八尺様に近づいた。


 そして美影を睨んでいる八尺様へ彼女も鋭い視線を向ける。


「私、夕樹には手を出さないでって言ったはずだよね、はっちゃん?」


『…………』


 八尺様と美影は数秒の間殺気と霊力をぶつけあっていたが、八尺様の圧が徐々に消えていく。


 もし本当にやばそうになったらなんとか止めようと思っていたけど、この感じだと大丈夫かな?


「そんなに心配そうな顔しなくても……大丈夫だと思う……。こうなったらはっちゃんに勝ち目は無いから……」


「ッ! そ、そうなんですね……」


 いつの間にか隣にいたひきこさんに声が出そうになったがなんとか抑えれた僕を褒めて欲しい。


 多分さっき話した八尺様の行動理念などを加味して彼女はそう言っているのだろう。僕もその言葉に間違いは無いと思う。


 実際、先程まであった突き刺されるような圧は今では幻想だったのでは無いかと思うほどに萎んでいる。なんならその場に体育座りし始めたし。


「前に夕樹を見ていた時は何もしなさそうだったから見逃したけど、今回のは看過できない」


「……え? 前に僕見られてたの? いつ?」


 僕は視線に敏感というほどではないが、それでも全く気づかなかった。


「帰り道にウツギ見た時あったでしょ? あの時にウツギに紛れて夕樹のこと見てたよ。でも霊力も使って隠れてたから夕樹は気づかなくても不思議では無いけど」


「ウツギ……ウツギ……あ」


 そう言えばあの時、美影が隅々までウツギの花壇を凝視していたことがあったかも……


 当時はただウツギに興味があるだけかなとか思ってたけど……まさか八尺様に見られていたなんて……


「私、あんなに釘刺したはずなのに……!」


『あうっ……あうっ……』


「み、美影、もうその辺で……」


 頭に響く虚しさの籠る声にいたたまれなくなり、八尺様の頭に一定の間隔で手刀を入れ続ける美影に声をかける。


「夕樹の言葉でも駄目。はっちゃんにはキツくお灸を据えなきゃまた繰り返すかもしれないし」


「けど、ほら、僕は何もされてないしさ。だからそこまで怒らなくても……ね?」


 八尺様からの視線を無視しながら美影の説得に勤しむ。八尺様に会って首絞められただけで死ななかったのなら何もされてないと言っても良いだろう。うん、価値観は人それぞれだし。


「でも……」


 美影は納得出来ないといった顔で渋る。だがこの感じだともう少し押せば……


「もし何かあったとしたら美影が守ってくれるんでしょ? その時はその時になったら考えよう?」


「……夕樹がそう言うなら……でもはっちゃん、次夕樹に何かしたら許さないからね」


『……はい』


「はっちゃんの弱点がみーちゃんなら……みーちゃんの弱点は夕樹君……」


「え?」


「気に……しないで……」


 声が小さくて聞こえなかったけど、まあ一件落着かな? 


「さて、夕樹はどこかに行くんでしょ? はっちゃんは私が見ておくから行って」


「う、うん。わかった」


「話が終わったのなら……私は帰る……」


 ひきこさんは踵を返し、ゆっくりと歩き出した。


 僕はその背中に声をかける。


「ひきこさん、今日はありがとう御座いました。本当に助かりました」


 彼女は振り返り、右手でピースを作る。


「また何かあったら……ここに来て……出来るだけ助ける……」


「……あ、はい。ありがとう御座います」


 ひきこさんもピースするんだと少し意外に思い、反応に遅れてしまう。


「ああ……それと……」


「?」


「そんなにかしこまらなくても……大丈夫……私はそんなに偉くないから……」


 またね、と残してひきこさんは霧のようになって消えた。何そのかっこいい消え方。僕もやってみたい。


「じゃあね、夕樹。また明日」


「うん、また。……もう怒っちゃ駄目だよ?」


「……バレてる。怒らないって約束するから行ってらっしゃい」


 僕は美影に手を振り、文房具店……は面倒になったからいつか行くとして、家へ歩き出す。


 あれが八尺様、か。なんか思っていたのと違かったけど……怖いのは合ってたかも。


 これから夜道に気をつけた方が良いのかも、と自分なりの対策を考えながら僕は歩くのだった。

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