第16話 一番長く、一番近くにいてくれたから
「はー終わったーっ! まーじで疲れたな今日は」
ぐぐっと腕を伸ばして肩のストレッチ。
どちらかと言うと痛いのは足や腰なのだが、そっちはもう座らないと休まらないだろう。
「……マスター」
「ああ悪いなコルネ。気づいたらこんな時間になっちった」
「……いえ。それは良いのですが」
結局。多分この家にいる人全員がやってきたマスターに褒められようの会は、最後の人が帰るまでに五時間かかった。
ルルスはその間ずっと立ちっぱなしだったわけだが、今日ばっかりは弱音を吐くわけにもいくまい。これでしんどそうな顔なんかしていたら、見た人がやっぱり迷惑かけちゃいけないんだと萎縮してしまうだろうから。
「その、えっと」
「とりあえず飯行こうぜ。もう私お腹ペコペコだよ」
「……はい」
コルネはずっと何か言いたげだが、ルルスはそれを遮り続ける。
歩き出しても数歩後ろをついてくるだけなので、ルルスから何かを言うことはなかった。
「ふー……っ、やっと休めるよー。メルーナ、夕食ってできてる?」
「はい。ご用意してますよ。先輩の分も必要ですか?」
「ああ頼む。それとちょっと」
「はい? …………そう、ですか。わかりました」
自室に戻ってようやく座れたルルスは、メルーナに夕食と共に一つ頼み事をした。
それをなんだか怯えた目で見ていたコルネだが、やはりルルスは気にしないようにする。
「今日はマスターも頑張っていたようなので、急遽特別な料理を作ってみました」
「えっ、なにこれ、ローストビーフ!?」
「なっ、牛肉なんて一体どこから……!?」
「ふふ、特別な日に出そうと外回りの方に頼んでおいたのですよ。まさか、こんなに早く出すことになるとは思っていませんでしたけどね」
この家において、肉は貴重だ。というか栽培できる野菜以外は全部貴重品である。
だからあの厨房で作られている料理もほとんどは代替食品か合成食料で、外で買ってくる物はほとんどルルスのためと言っても過言ではない。
だが、もうルルスが武器や兵器を製造していないため、安定して大金を稼ぐことはできない。そのため高級品なんて買えるわけもない経済状況だったのだが、まさかメルーナがそんな無理を通していただなんて。
「ではマスター、ごゆっくりお寛ぎください。先輩も、このひとときを楽しんでくださいね」
「……」
まるで嫌味のようなメルーナの言葉に、コルネが思わず渋い顔をしていた。
これからぐちぐちと説教でもされると思っているのかもしれないが、今のルルスがそこまで大層なことを言うつもりはない。
「コルネ」
「っ、は、はい」
「……そう怯えるなよ。私の右腕だろ?」
「……申し訳ありません」
「……まあ今は何言っても無駄か」
右腕ならルルスの考えくらいわかるだろう、という意味での言葉だったのだが、コルネの今の精神状態ではマイナスに捉えてしまうようだ。
一旦食べようぜ、と方向を変えて、ここは美味しい料理に頼っておく。
「ん〜っ!? うまぁっ!」
「……ええ。本当に、……私には勿体無いくらいです」
「……コルネぇ」
だがここで下手なことを言うとまた謝らせてしまうと思ったので、ルルスはどうにかそこで言葉を止める。
それから席を移動して、横からコルネの顔を覗き込む。
「な、コルネ」
「……はい」
「私はさ、感謝してるんだぜ?」
「……私にですか?」
「当たり前だろ。そりゃ最近は結構ひでえこと言うなあとか、もうちょっと優しくしてくれたっていいじゃんとか思うけど、それでも私のために動いてくれてるのは、知ってるからさ」
「……」
ふい、とコルネは顔を背けた。
でもこれは多分、恐怖ではなく恥ずかしさからなんだろう。
「私は、お前を責める気なんてこれっぽっちもないんだよ。むしろそんなコルネをほったらかして、他の人たちばっか構っちゃって申し訳ないなって思ってるくらいなんだから」
「……私は、マスターに感謝されるほどのことはしていません」
「……それを言えるってのは、心の底からそう思ってるってことになるんだけど」
「……だって、事実でしょう」
「お前なぁ……」
逆に何がコルネをここまでさせるのだろう。
試作期の二体目とはいえ、ここまで奉仕の精神を組み込んだ覚えはないし、他の連中を見ていればわかる通り、マスターへの忠義なんてなくても構わないのだが。
「じゃあ、なんでそんなに怯えてるんだ?」
「……やってはいけないことを、許可してしまったから」
「たった一回だろ? これまで全部完璧にこなしてきた中の、たった一回」
「……それでも」
「じゃあ私を見てみろよ。最近の私はどうだ? お前だけじゃなく、ほとんどの奴らから働かないだの自堕落だの運動不足だの言われてんだぜ?」
「……ふ」
「そんなのと比べたらこんなミス、全然可愛い方だろう?」
まあちょっと危なかったと言えばその通りだが、所詮はリミッターのついた高機能ロボットたち。抑えられた攻撃力がその防御力を上回ることはないし、必ずどちらかが負けそうになるんだから、その時点で別の戦いに移るはずなのだ。ここのロボたちはそういう性質がある。
「……ですが、ミスはミスです。確かに私も散々口うるさくマスターを咎めてきましたが、それは他者に迷惑をかける類のものではありません」
「お前らには心配かけたけど」
「……だとしても、私のミスは許されないことです。あんな許可は、最悪死者を出すことになってもおかしくないのですから」
「リミッターあるけどな」
「……擁護しないでください。これ以上やらかしたらどうするんですか」
「ん〜?」
だんだん落ち着いてきたかな、と思ったので、ルルスはコルネの頭に手を置いた。
「私が止めるだけだけど?」
そのままゆっくり撫でてあげれば、コルネの顔は驚きと喜びと拒絶と気まずさでとても複雑な顔になっていく。
「……だめ、です。それでは、マスターの負担が増えてしまいます」
「働けって言ったのはお前じゃんか。そうやってお前が全部やってくれた結果、私はすることがなくてぐうたらしてるんだぜ?」
「……ですが」
「もー、そんな深く考えんなっ。コルネだって私に作られてるんだから、もっと甘えてくれていいんだって」
これでは埒が明かないと思い、ルルスはもうコルネを抱き締めた。
するとしばらく体を硬直させていたが、そこからさらに頭を撫でれば、だんだんと表情が子供のように歪んでいって。
「……ふ、ぅ……マスタぁ……」
「お前で最後だぜ、コルネ。今までどんだけ私のために働いてきたか、不満と一緒に全部教えてくれよ」
「……それ、は」
「言わなきゃずーっとこのままだぞ。仕事だって言っても逃がさないからな」
「……ふ、マスタぁ。それは懲罰ではなく、ご褒美ですよ?」
涙に濡れた瞳と、喜びに染まった表情。
あれ、こんなに可愛かったっけこいつ、なんて自分がデザインしたロボットに目を奪われながらも、どうにかマスターらしい言動を続ける。
「やっと本音が出てきたな。つかお前制約無視できんの? それはそれで結構問題なんだけど」
「ふふ、大丈夫ですよ。私ほどマスターに忠誠を誓っている人もいませんので」
「……まあそりゃ疑わないけどさ」
「では、褒めてくれますか? 私の努力と苦労。生まれてからの数年間、私があなたのためにしてきた仕事の数々を」
「……うん。いいよ。いいからさ。明日はちょっと、起こさないでくれる?」
「いつも起こしてません」
「……そうだったね」
それからコルネが満足するまで、ルルスはひたすら話を聞いた。
つい最近のだけではなく、コルネが生まれてからの全ての自慢だったので、終わった頃には夜が明けていた。
けれどあれだけ疲れていたルルスも最後まで笑っていられたし、コルネはここ最近の不満が嘘のように、楽しそうであどけない、それこそ本物の子供のような表情を見せてくれた。
だからさ、メルーナ。それでいいじゃんか。コルネが幸せそうだったんだから、今日のところは許してよ。
「メルーナの話も明日聞くから、ねっ?」
「……約束ですよ」
「ああもちろん!」
全員? いいやメルーナだけはあの場に来なかった。
誰よりも真面目で律儀なメルーナは、マスターが褒めてくれるらしいなんて噂に耳を傾けず、ひたすら黙々とご飯を作っていた。
それを忘れてコルネだけを見ていたのはルルスの落ち度だが、今日のところは本当にもう疲れた。これ以上誰かを構う余裕なんてない。
そう態度で示すように、というかメルーナが不満を爆発させる前に、ルルスは寝室に飛び込んで、布団の中に隠れるのだった。
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マスター・ルルスの失敗 高藤湯谷 @takatou0801
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