第15話 私だってやろうと思えば

「マスター! 私はっ、私はどうですか!」

「私も頑張ってます! 今日はもう五時間働いていますっ!」

「私は今日で五連勤です!」

「わか、わかったから落ち着けお前らぁっ!」


 ちゃんと働いている人を褒め始めて早一時間。

 ルルスはもう、この家の奴ら全員いるんじゃないかと言う人数に囲まれていた。


「……なんだかんだ言いつつ好かれているのはわかっていましたが、まさか噂程度でここまで集まるとは」


 遊んでいた人が逃げないよう、もしくはあの群衆に混ざらないよう、見張りをしていたコルネが思わず呟いた。

 うん、うんわかった、すごいすごい、とか、もうなんの意味もない言葉を吐きながらみんなの頭を撫でていたルルスは、どうにかそれを聞いて叫び返す。


「暇ならどうにかしてくんないかなコルネちゃん!」

「ちゃんとかつけないでください。気持ち悪いです」

「……。いいのか? 今ここには数えきれないくらい私の味方がいるんだぞ」

「……わかりました。列を作りましょう」


 いくらコルネでも数の力には勝てない。前に同じような群衆に追われて逃げ回っていたんだから、それはもう立証済みである。

 そしてマスターよりも厳しくて、この家の誰より先輩のコルネが動けば、あれだけ群がっていた子供たちが段々列を成していって。


「はい、ほら、マスターは逃がしませんから、きちんと並びなさい」

「に、逃がさない?」

「逃げられるなら逃げてもいいですが」

「……やられたからって」


 コルネにとってもルルスにとっても、この数が敵に回れば脅威でしかない。

 というか不満を爆発させたこいつらに追い回されるのは普通に恐怖だ。だからこいつらが満足して戻らない限り、二人はこの場に縛られるのである。


「先輩! 私ずっと前からここにいたんです! なのに後から来た人たちにどんどん抜かされたんです! 列を作るのは画期的だと思いますけど、こんなに後ろにされたらいくら先輩でも許せませんっ!」

「……この人が前からいたことを知っている人は?」

「さあ。誰がいつからいたかなんて知りませんね」

「早い者勝ちだと聞いていたので」

「……だそうです。たとえそれが本当だったとしても、証明できない限り私は認めることができません」

「うううぅぅぅずっと待ってるのにぃぃぃっ!」


 基本的には先輩の言うことを聞いて、嘘をつかない後輩たちだけど。

 これを許すと同じことを言い出す奴が出てきてしまうので、調停役のコルネは認めることができない。


「あぁマスター。私は一体いつになったら、あなたの下へ行けるのでしょう……」


 だがここまで悲しんでいる人が嘘をついているとは思えない。

 そもそも根本的に、ここのロボたちは自分のために嘘をつけないようにできているんだから、この人の言葉は真実のはずなのだ。

 では、どうすれば他の人に真似させず、この人だけを前にできるか。


「……そう、ですね。では。今は適当に列を作りましたが、不満がある人もいるでしょう。なので先頭の五人から後ろは、マスターに迷惑をかけないという条件が守れている限り、実力で決めても良いこととします」


 その瞬間、複数箇所から同時に鈍い打撃音が響いた。

 次いで、それ以上の場所と大きさで、さらに音が炸裂した。

 さっきまではあんなに綺麗に並んでいたのに、コルネが言い終わっただけで戦場となってしまった。これがここのロボたちの性質ではあるが、部外者として見ているとあまりにも醜い。

 今更ながらやらかしたかも、とかコルネは思い始めるが、かもではなくやらかしていて。


「おいダメに決まってんだろ! 何やってんだお前ら!」


 ルルスの怒号で全員の動きがピタリと止まる。

 普段は動じないコルネさえも、久しぶりに覚えた罪の意識に身を竦ませる。


「……はぁ、まったく。めんどくさがらずに最初からこうすりゃ良かったよ」


 当然のことだが、コルネよりもルルスの権限の方が強い。

 それでも今はコルネの言葉の方が届くのかなと、……まあもっと本音を言えば整列なんかさせている暇がないからと、コルネに頼ってしまったが。

 あのコルネでさえも対応に困ることが起きるなら、最初から権限に頼っておけばよかった。


「もうかなり待ってると思う人。手を上げな」


 すっと、上がった手は四つほど。


「ん、じゃあ前おいで。その後ろは話し合って、多分このタイミングで来たって順番に並んでくれ。多少前後してるかもしれないけど、お前らどうせ暇なんだからそれくらい我慢しろよ」


 本当に、マスターの言葉ほど彼女らにとって重いものはない。

 コルネに言われても雑談をやめなかったような人たちさえ、周りの人と誰がいつ来たという話をし始める。

 その様子を少しだけ眺めて、ルルスはそちらに視線を向けることもなく、ただ静かに一言。


「コルネは最後まで残れよ」


 びくりと、人混みの中で跳ねた肩を視界の端に捉えつつ、ルルスは目の前の子供たちに柔らかい表情を向けるのだった。


「待たせてごめんな。その分ゆっくり何を頑張った聞いていくから。一個一個、褒めてほしいことを教えてくれるか?」

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