第14話 マスターにしかできないこと

「おやマスター、こんなところにどうしたのですか?」


 四百番台だけが働く開発部門を出て、しばらくうろうろと家の中を歩いていたらコルネに見つかった。

 一応分担表を見ていなさそうな場所を選んだのだが、やっぱり統括部長をやっているコルネはどこにでもいるようだ。


「いやまあ、みんながどんな風に働いてるのか見に来たって感じ?」

「……今更視察ですか。まあ自分で考えただけ良しとしましょう。厨房を選んだのも評価してあげます」

「……だからお前何様なの?」


 コルネにも言われた通り、まずルルスがやってきたのは五百人近いロボたちの胃袋、というか燃料を支える厨房だ。

 後付けで味覚と一緒に搭載した、カロリーを動力に変換する機能でロボたちも食事からエネルギーを生み出せるので、基本的にはみんなここでエネルギーを補給している。

 そして空腹なんてあってないようなものだからか、それとも自堕落なルルスに感化されてしまったのかはわからないが、いつどんなタイミングで食べに来るかわからないロボたちのために、この食堂は二十四時間運営されている。

 ただそのために人員を三交代制で確保しなければならないし、ロボたちの燃費は相当いいので、本来は一週間に一度の補給でも問題ないこともあって、かなり不人気な職場となっていた。


「まあこの家の管理者は実質私ですから。それでマスター、ついにこの厨房にもテコ入れを?」

「いやまあどんな感じなのかなって。今日は一旦視察だよ。問題がありそうなら解決策は考えるし、なさそうなら鬼ごっこのルール作るだけでいいかなって」

「……また荒れそうですね」

「え、何が?」

「なんでもありません。こちらで片付ける話ですので」


 実はこの家、結構不満も出ているのだろうか。そしてコルネがその防波堤になってくれているのだろうか。こんなに辛辣でもマスターのためにと、ルルスが伸び伸び暮らせるようにと。

 ……だとしたら、コルネにはますます感謝せねばなるまい。


「……言いたいことは言えよ?」

「言ってどうなるのですか。今のマスターに完璧な答えは出せません」

「……あの、うん。きっとそうなんだろうけど、断言するのだけやめてくれない?」

「……事実でしょう」

「だとしてもっ!」


 もっと頼ってよ! マスターなんだよ!? と抗議してみるが、コルネは目を逸らすばかりで応じてくれない。


「ふんだ。じゃあ私だってちゃんとできるんだぞってとこ、見せてやるからなっ」

「……下手なことはしないでくださいね?」

「おい釘刺すなよ! そこは是非ともお願いしますって言うとこだろっ!」

「……今のマスターは心配が勝ちます」

「ぐ……くそう。じゃあちゃんと見とけよ! 私だってまとめられるんだからな!」


 そう息巻いて調理場へ向かうルルス。

 コルネはその後ろを恐る恐るついていく。


「んっ、ほらやっぱ問題ありそうな奴らいるじゃん!」

「……いますけど」

「じゃあ私がサクッと止めてやるから! コルネはそこで見てろよっ!」

「……はぁ」


 ルルスが見つけたのは、お玉でちゃんばらごっこなんかやっているいかにも子供っぽい奴ら。

 緑色の目なので三百番台のようだが、こいつらは本当に余計なことしかしないな!


「おいこらお前ら! 仕事中だろ何やってんだよ!」


 ルルスが若干嬉しさの滲む声で注意すれば、ふっ、こちらは二刀流です。なら私はまな板を盾にします、とかやっていた奴らが、ビクッと肩を震わせてこちらに振り向き。


「ま、マスター!? なぜこんな辺境へ!?」

「ここは来るとしてもコルネ先輩という話では!?」

「……ここ辺境なんだ。あと私だっていつまでも動かないわけじゃないんだからな!」


 ぷんぷん、と腕を組んで怒ってみせるが、顔がニヤけちゃっているのでどうにも締まらないルルス。

 そのせいか遊んでいた二人は顔を見合わせると、二人でお玉をルルスに突きつけ、注意された人とは思えない提案をしてきた。


「では運動不足解消に、マスターも遊びましょう!」

「おい誘うなぁっ! てかなに、最近は私のこと運動不足でいじるのが流行ってんの!?」

「この間カジノで少し話題になっただけですよ。そういえばマスターって、痩せてるけど健康ではないですよねって」

「なんの話してんだお前らっ!」


 こっちは割とマジで怒っているのだが、なぜか二人は楽しげに笑っている。

 あれ? なんか変だぞ? とルルスも勘付き始めたところで、不意に後ろからコルネが肩を叩いてきて。


「マスター、周りをよく見てください」

「周り? …………なんでみんなこっち見てんの?」


 さっきまでちゃんと料理をしていたはずの人たちまで、手を止めて、もしくは火を止めて、まじまじとこっちを見ていた。

 なんで見てくるんだよう、とルルスは若干怯えていたが、こっちからも見つめ返していたら気づいてしまった。


「……混、ざり、たい、の?」

「「「……正直羨ましいとは思います」」」

「……マジかよ」


 案外みんな、ルルスと遊びたかったらしい。

 ならそう言ってくれたらよかったのに〜! とかポンコツなルルスは簡単に考えてしまうが、それを許さない人がもう一度肩を叩いてきて。


「そういうわけですので、遊んでいる者たちの注意は私にお任せください」

「……じゃあ何私は遊んできていいの?」

「ダメです」

「即答……」

「マスターの言葉は、マスターが思う以上に重いのですよ。というか今の我々には余計に響くのです。あまり関わらない者たちは、構ってほしいと常々思っていますので」

「……」


 え、そうだったの? と周りに目を向ければ、恥ずかしいからかみんなして目を逸らす。

 なんだよ〜それならそうと早く言ってよ〜! とまたニヤけ出すルルスだが、コルネに脇腹をつつかれて一瞬で現実に戻される。


「……ごめんて」

「まあ遊びは彼女らの息抜きにもなるので、やるならやってほしいことではありますけど」

「いいんだ」

「ですがそれはあくまで遊びです。マスターが仕事としてやるのであれば、不真面目な人の注意ではなく、真面目な人を褒める方をやってください」

「……褒める」


 確かにここのロボたちは案外甘えたがりなところもあるけれど。その発想はなかったな。


「ほとんどの人にとって、マスターから褒められるのは至上の喜びです。というかそのように設定されています」

「あぁ一号に進言されたんだっけ。忠誠心を設定するには、それが一番手っ取り早いって」

「ええ。ですからマスターは褒める方に注力してください。というか遊んでる奴らは無視してください。じゃないとわざと遊ぶ人まで出てきますので」

「いやそれは流石に冗談だろ。……え? 冗談じゃないの?」


 また目を逸らす周りの方々。なんだよそんなに構って欲しかったのかよ〜! うっ。


「……だからごめんて」

「いえ。とにかくそういうわけですので、これからマスターは褒めて回る仕事をしてください。せめてそれだけやってくれれば、私も働けなんて言いませんから」

「マジで!?」

「……まあ言ったからには。ですが仕事としてやる以上、きちんと毎日全ての職場に顔を出してくださいね。それが条件ですから」

「ぐっ、ま、まあそうだよなそうなるよな。わかったよ。ちゃんとやる」

「ならいいです。ではまず試しに、今物欲しそうにこちらを見ている方々を満足させてください。ただ、遊んでた人は無視でいいです」

「「ひどいっ!」」

「当然のことですっ! サボるんじゃない!」

「「う、はぁい……」」


 というわけで、子供たちを褒めて回ると言う、マスターにしかできない仕事に就いたルルス。

 この場にいる人たちの視線だけでもかなり期待されていることがわかってしまうが、果たしてその子供心を満たすことはできるのか。

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