第13話 独創的クリエイター
工場を出てルルスが向かったのは、特別な人にしか与えていない個人の私室だ。
こっちもこっちで久しぶりに会うので少しワクワクしていたのだが、道中すれ違った三百番台どものせいでテンションダウン。
「おや、マスターです。何をしているのでしょうか」
「散歩じゃないですか? コルネ先輩辺りに運動不足だとでも言われたのでしょう」
……確かに運動はしてねえけどまだ言われてねえよ。
内心拳を握りしめながら、どこへ向かっているのかわからない奴らは見逃しておく。
この家の中は大概あんな奴らしか歩いていないが、あるエリアに入るとルルスに向けられる視線はガラリと変わる。
「わっ、見てくださいマスターです……!」
「今日も尊いですね……一体どんなご用なのでしょうか……!」
そんなことを言われると気分が良くなって、思わず手を振ってしまったら水色の瞳をした少女たちがきゃーっ! なんてはしゃいでいた。まるで王子様だな。
だけど友達の距離感が好きなルルスとしては、会う人会う人全員こんな調子では少し嫌気も差してくる。
結局最後には遠い目をして、浅くなった呼吸を整えながら目的の部屋の扉を叩く。
「私だ……入っていいか……?」
「…………どうぞ」
返事が遅かった気もするが、こいつは大体こんなもんだ。
背後に感じる神でも崇めるような視線の数々から逃げるように、自堕落なルルスは機敏な動きで部屋に入る。
「……お前何やってんの?」
扉を閉じて振り返ったら、なんか部屋のど真ん中に座禅を組んで浮かんでいる奴がいた。
元々変わった奴ではあったのだが、まさか瞑想までするようになっていたなんて。
「…………精神統一ですわ。三日程前から、構想を巡って私と私が言い争っているので、そろそろ方向を決めようかと」
「……そう。なんか、タイミング悪かったみたいだな。また今度、出直すよ、っ!?」
人間として、瞬きなんて無意識にやっている。
そして機械の性能があれば、その一瞬で移動することもできてしまう。
まあ何が起こったかと言うと、ルルスが言い終わるか終わらないかぐらいのタイミングで、気がついたら目の前に水色の瞳があったのだ。
しかも感情を読み取れない、大きく目を見開いた状態で。
「…………マスターの話は最優先です。そのようにお手を煩わせることはありませんわ」
「そ、そう……じゃあちょっと、とりあえず一旦離れてくれる?」
「かしこまりましたわ」
まだ宙に浮いていたらしく、音もなくすーっと後ろに下がっていく。あとついでに瞼もゆーっくり降りていった。……もう起きてんのか寝てんのかわかんねえな。
「それで、この度はどのようなご用件で?」
「ん、ああ。四百番代はバックれたりしないし、反抗的なこともしないから、名前をあげてもいいんじゃねえかなって」
「……名前、ですの」
「そそ。本当は四百五号にあげようと思ったんだけど、ならせめてお姉ちゃんたちが貰ってからがいいって言われてさ」
「…………よくできた妹ですわ」
ふっと目を閉じたまま口元だけ綻ばせる。……いやお前が教育したんじゃないの? 私からの施しは上から順にもらうようにしろって、長女の権限を使ってさ。
「ですがマスター。一度にわたくしたち全員に名を与えるのは難しいのではなくて?」
「ん、まあ。だからちょっとずつ進めていこうかとは思ってるけど」
「……なるほど。僭越ながら、キーワードのようなものを設定していただければ、シリーズ全体の名を生成することもできますわよ」
「やめてくれ。それされると私の仕事がなくなるんだ」
「……さらに僭越ながら申し上げますが、マスターの仕事はもっと別にあったはずでは?」
「……。……知ってるか? 今ってもう独立してるんだぜ」
「……そうですか。これは失礼しましたわ」
なんか、認められないならいいや、みたいなニュアンスを感じたのは気のせいだろうか。この何を考えているかわからない少女さえ、あぁ、今のマスターってポンコツなんだった、と気づいてしまったかのような。
「それで、わたくしは名を頂けるのでしょうか」
「ああ。一応お前のは考えてきたからな」
「そうですか。一体どんな名前でしょう」
普段は感情がわかりにくいが、流石にこの時ばかりは声が弾んでいた。
こいつもちゃんと感情表現するんだな、と思わず柔らかい笑みを浮かべたルルスは、そうだなぁなんて言いつつ浮かんだ少女に近づいて。
「四百番。今からお前はロステルだ」
明るい黄色の髪に手を置いて、ルルスはそう四百番に告げた。
「…………っ、マスタぁ……これは、一体……」
「う、お前も泣くタイプか……大丈夫、大丈夫だから。ただの労いだよ。いつもありがとな」
「っ……そんな、こちらこそですわマスター……っ!」
確かに、ぼんやりしているように見えてちゃんと個性があるのだろう。
メルーナ以上に感極まったロステルは、もう座禅を解いてルルスの首に腕を回してきた。
こんなのコルネに見られたらまた嫌な顔されるな、と思いながらも、ルルスもそれに応じて抱擁してやる。
「…………このような幸福が、この世界にはまだあったのですね」
「え、そんなレベル? 確かにハグとかしたことなかったけど」
「……では、わたくしが初めてということでして?」
「あー……まあそうなるな」
「…………くす、それはそれは。先輩方に申し訳ないですわね」
申し訳ないとか言いつつすっげえ嬉しそうだった。
でもまあ、本当に幸せそうだし、あいつらも同じことすれば許してくれるか、と楽観的に考えて、ルルスも人と触れ合う久しぶりの感覚を噛み締める。
もしもコルネがこんな場面を見ていたら、余計に不機嫌になるなんて思いもしないまま。
それからしばらくして抱擁を解いたルルスは、ここらで一つ気になっていたことを訊いてみようと思った。
「そういやさ、作業用アームでぺちぺちってなに?」
「…………誰から聞いたのですか?」
「え? あー……いやまぁ……風の噂で?」
「なるほど五番目の妹ですわね」
「……」
一応隠してあげようと思ったのだが、なんの意味もなかった。
「……あんま、責めないでやってくれよ。悪い奴じゃないんだからさ」
「別に怒る気などありませんわ。ただわたくしたちだけの慣習を、誰がマスターに溢したのか少し気になっただけですもの」
「……怒んないでね」
「怒っていませんわ」
絶対嘘だろ。にっこり笑ってるけど目が怒ってるもん。
「……じゃあそれはいいとして、何やってんの?」
「躾ですわ」
「……それ体罰」
「躾ですわ」
「……」
なんか思ったより闇が深そうだな四百番台。まさかここだけ忠誠心が高いのは、この躾があったからなのか……!? だとしたらちょっと、怖いなこいつら。
「じゃあ、具体的にどんなこと?」
「二本のアームで体を固定し、もう二本のアームで優しくつつくだけですわ。それをわかるまでやるだけですので、マスターがお気になさることはありませんの」
「……そっか」
もう何も言うまい。これ以上深掘りして、より深い闇を覗きたくもないし。
「うんじゃあ、私はそろそろ戻るな。もうちょっとやりたいことがあるんだ」
「あら、もう行ってしまわれるのですわね。また遊びに来てくださいまし」
「う、うん……また来るよ」
多分しばらく近づかないとは思う。
下手なタイミングで入って、その躾とやらを見たくもないし。
だがそんなことを言えるわけもないので、ルルスはまた逃げるように部屋を出る。が、これではちょっと他の四百番台が可哀想なので、ほんの些細な置き土産だけ残していく。
「あ、そうだロステル。その電磁浮遊、気に入ってんのかもしれないけど乱用しないようにな」
「えっ、なぜですの?」
「それ自分と自分の真下に磁場作って浮いてるもんだから、お前らはまだしもパソコンとかの機械にはちょっと悪影響あるんだぜ。まあ直せる程度でしかないけどな」
「そん、な……わたくしの物だけ壊れるのが早いのは、気のせいではなかったと……」
「……」
いきなり浮遊が切れてロステルが床に倒れ込んだ。
こちらを捉えているのかどうかもわからない、虚な瞳から涙が零れる。
「……ま、これから気をつけなよ」
まさかここまでショックを受けるとは思っていなかったので、少し可哀想にも思えてきたが、これも長女とかいう特殊な権限を振り翳したロステルへの戒めだ。
これを機に、少し身の振り方を考えてくれればと思う。……まあやり方を間違えた感は否めないが。
ルルスは、ロステルが返事もできないのだと判断すると、そっと扉を閉めて踵を返した。
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