第12話 嫌われる理由
「……ふぁぁ……もうこんな時間か」
午前十一時、ルルスは誰にも起こされることなく自然に目覚めた。
まだ少し眠気は残っているが、昼を過ぎても寝ていると流石に怒られそうなので、のそのそとベッドから抜け出す。なおこの時点で呆れられているとは考えていない。
「ん、マスター。お目覚めですか?」
「あぁおはようメルーナ。朝ご飯できてる?」
「早めのお昼ご飯なら」
「……ごめん、わかった。明日は早く起きるよ」
昨日は甲斐甲斐しく世話をしてくれたメルーナも、昨夜の発言が原因か少しだけ冷たくなっていた。
それでも部屋の掃除をしてくれていたらしく、(しかもルルスが寝ているからか掃除機も使わずに!)雑巾を置いて厨房へ消えていくメルーナを見送ってから、自分でできることはさっさと済ませておく。
「お昼ご飯にと考えていたので、少し量が多いですが」
「いや、大丈夫だよ。ありがとなメルーナ」
「いえ」
運ばれてきたのはオムライス、いやこれはオムレツか。それと実に健康的な、きのこと野菜を使ったスープだった。
確かに量は多いが、別に寝起きでも食べられる内容ではある。もしやそこまで考えてくれたのだろうか。
「メルーナも一緒に食う?」
「……まだ少し早いので。遠慮しておきます」
「……そっか」
何を思っているのか、固い表情をしたメルーナはそのまま部屋を出て行ってしまった。
今日はコルネもいないようで、一人ぼっちの私室はあまりにも静かだ。
「……マジで明日から早起きしよ」
孤独を感じないためのお手伝いロボだと言うのに、これでは本当にあの数がいる意味がない。
どれだけ冷たくても味は完璧なメルーナの朝食、ではなく昼食を食べ終えて、ルルスはいい加減マスターっぽいことをしに行く。
「おーい元気してっかー?」
「んおう?」
そんな個性丸出しの返事をして振り返ったのは、不人気な場所ナンバーワン、できるだけ近づきたくないなんて言われる工場、を管理している工場長の試作九号である。
「おー! マスターじゃないかー! そっちこそ元気してたかー?」
「相変わらずお前は遠慮がないな。まあそれが九号のいいとこなんだけど」
「にへへ」
九号は、これまで存在していたロボたち全員を含めても、唯一ルルスに対して敬語を使わない珍しい個体である。
かつては一号に散々注意されてもいたが、結局最後まで直ることはなかった。
まあ元々距離のある関係は望んでいなかったし、中にはこういう奴がいた方が楽しいだろ、とルルスも容認していたので、一号もそこまで強くは言っていなかったが。
「それで今日はどんな用だー? 人間のマスターはここに来る理由なんてないはずだろー?」
「人間じゃないあいつらもここは毛嫌いしてるけどな」
「にはは、流石に体開くのは痛覚に触れるちゃうからなー」
いや切ってないんかい。意識ある状態で開けてるんかい。そりゃ嫌われるわ。人間だって麻酔なしで手術なんかできないのに。
「……まあいいや。で、用件だったな。実際体直してとか言えるわけじゃないから、仕事の依頼じゃないんだけどさ」
「うんうん」
「九号って、番号じゃないちゃんとした名前欲しい? 試作期の連中で残ってる二号と五号は、コルネとメルーナって名前になったんだけど」
「……」
初めはポカンとしていた九号だったが、名前というものが何を意味するのかを理解するにつれて、そのあどけない表情がどんどん輝いていって。
「欲しい! 九号も欲しいのだ! です!」
「おー落ち着け? 色々混ざってるぞ」
「落ち着いてなんかいられないぞ! 要するにっ、要するにそれは識別名ってことなんだなっ? あたしも人間みたいになれるってことなのか!?」
「うぇ、そ、そこまではどーだろなぁ……けど、人みたいな名前は考えてあるぞ」
「おおーっ!! 是非とも、是非ともくださいなっ! あたしも人間になりたいぞー!」
「だから色々口調バグってるって」
なぜか好き好んで体を小さくしている九号は、その可愛らしい見た目を活かしてぴょこぴょこ跳ねている。
両腕をこちらに伸ばして精一杯ジャンプする姿は、まるで子供が抱っこ抱っことねだっているようだ。
だが流石に自分で作ったロボを抱っこする気にはなれないので、というか見た目に反してめちゃくちゃ重たいので、宥めるように頭に手を置いて、そのままよしよしと撫でてやる。
「にへへぇ、マスターに撫でられたの久しぶりだぞ……♪」
「まあそうだな。そもそも九号は会うのが久しぶりだしな」
しばらく焦茶色の髪を撫で続けていれば勢いも収まってきたので、手を離して金色の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「それじゃあ、昨日考えた名前をあげようか」
「案外ただの思いつきなのか?」
「いやコルネとメルーナよりマシだぞ? あいつらの名前はその場で考えたもんだし」
「マスターらしいな」
「う、まあ。メルーナはあれだけど、コルネとかいきなり言ってきたんだからな」
「ほえー、あいつも変わったんだなぁ。でも見てると今の方が楽しそうだよなー」
「……そなの?」
「まああたしも頻繁に会うわけじゃないから違うかもしれないけど、前に比べればよっぽど楽しそうなんだぞ。昔は、それこそ独立前は、マスターと同じちょっと近づきにくいオーラだったけど、今はそんなのないからな」
「……近づきにくかったんだ」
別に避けられているとは思っていなかったが、実は苦手意識を持つ人もいたのだろうか。
だとしたら今の方がいいじゃん、と思いそうになるが、前の方がいいという人ももちろんいるわけだし。
「まああんまり深く考えなくていいと思うんだぞ。それよりあたしの名前はどんなのだー?」
「あぁそうだったな。ちょっと他の連中のことはまた相談するかもしれないけど、先にそっちだよな」
「相談はいつでも乗るぞっ!」
「ありがとな。それじゃいい加減名前をつけようか。えーと九号、お前は今からシュティルだ」
「おおーっ! いかにも人っぽいんだぞ!」
「そ、そっか? まあ気に入ってくれたなら良かったよ」
「お気に入りもお気に入りだーっ! あたしは今日からシュティルなのだーっ!」
「……うん。ほんと、気に入ってくれたみたいで何よりだよ」
五百人近い仲間がいる中で、多分一番癖が強い九号、改めシュティルは、どうやらテンションが上がると言動がおかしくなる傾向があるらしい。
さっきもさっきで子供みたいにぴょんぴょん跳ねていたが、今はもう背中から大量にアームを出して走り回っている。
てか四百五号が言ってた作業用アームってこれか。いやでもこれでペチペチってなんだ? よりわかんなくなったな。
ちなみに作業用アームとは、人の手のようにも使える巨大な爪である。かなり精密な動きもできたはずだが、こいつらの手は同じように伸びるので完全に同じ機能にはしていない。つまりペチペチとか言う謎の行為は難しいはずなのだ。
まあそんなことは置いておいて。
「じゃあちょっと、私はまだ回りたいところがあるから、そろそろ次行くな」
「おー! 行ってらっしゃいなのだーっ!」
「……うん。行ってくる。またすぐ顔出すよ」
作業用アームを腕か足のように使って、部屋中をのしのし歩き回るシュティルはもう止められる気がしない。
この状態で放置していいのかはわからなかったが、いたところでできることもないので、ルルスは引き攣った笑みを浮かべたまま工場を後にした。
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