夏祭り

惣山沙樹

夏祭り

 昼食を買いに瞬とコンビニに行った。俺が選んだのは冷やしつけ麺。夏は冷たいものに限る。瞬も冷製パスタを選んでいた。


「あっ、兄さん、見て見て」


 会計を終えて帰ろうとすると、瞬が壁を指差した。そこには小学校で行われる夏祭りのポスターが貼られていた。


「これ、今日だよ。行こうよ兄さん」

「これ明らかに子供向けだろうが」

「地域のみなさんで盛り上がりましょうだって。僕たちだって地域のみなさんじゃん。行こうよ行こうよ」

「まあ、いいけど……」


 帰宅して昼食をとり、瞬とベッドでゴロゴロ。瞬のTシャツのすそをめくって白いお腹をすりすり。すりすり。すりすり。


「もーくすぐったいってば」

「触るの気持ちいいんだよ」


 そんなことをしていたらすっかり眠りこけていて、瞬に揺さぶられて起こされた。


「兄さん、行くよ! 夏祭り!」

「あー、そうだったな」


 小学校の場所は知っていたが入るのは初めてだ。校舎へはロープが張ってあり行けないようになっていて、校庭へと進んだ。


「うわぁ……ガキとその親と老人しかいないぞ、瞬……若者が来ると浮くよ」

「兄さんってまだ若者のつもりだったの? 小学生の子供いてもおかしくない年だよ?」

「うるせぇよ殴るぞ」


 受付のテントで「お楽しみ券」が売られており、瞬がいそいそとその列に並んだ。


「えっ、瞬……何かするのか?」

「せっかく来たんだもん。当然でしょ」


 仕方がないから俺の財布から出してやると、瞬はくるくると辺りを見回して見当をつけた。


「まずはスーパーボールすくいね!」

「はいはい」


 瞬の奴、成人してる癖にこういう時は子供っぽいな。俺は見守るだけにしようと思っていたのだが、瞬は係の老人に「二人分」と言い、ボウルとポイを渡されてしまった。


「兄さん、どっちが多く取れるか勝負しよう」

「……よし」


 勝負となると負けるわけにはいかない。大小様々なスーパーボールが浮かんでいたが、俺はへりの近くにあるやつに狙いを定めて次々とすくっていった。


「あー僕破れちゃった。兄さんは……」

「まだまだいける」

「わーお」


 ガキ共がわらわら群がってきた。俺のポイさばきに見とれているらしい。ボウルにこんもり入れたところで、もうこのくらいにしてやるかとわざとポイを水に浸して破った。


「へへーん。俺の勝ちだな、瞬」

「兄さんって勝負になるとムキになるよね」


 こんなに沢山のスーパーボール、どうやって遊ぼうかなと考えていたら、老人に言われた。


「はい、おめでとう。じゃあその中から好きなの一つだけ選んでね」

「……はっ?」


 全部くれるんじゃねぇのかよ!


「兄さん、ここにも書いてあるよ、もらえるの一つだけ」

「ぐっ……」


 俺は一番大きくて中にラメが入っているやつを選んだ。瞬はオレンジのマーブル模様のやつだ。

 まだまだ「お楽しみ券」は残っている。次は輪投げだ。


「わー! 兄さん上手!」

「このくらい普通だ」


 俺は五回投げて全て十点のところに入れた。五十点だ。ふっくら太った係の女性がカランカランと鐘を鳴らした。


「はーい! 満点出ましたー!」


 またもや子供が寄ってきてガヤガヤ言い始めたが、俺は聞き逃さなかった。


「おじさんすごーい!」

「お兄さんだ!」


 ちなみに、何点だろうともらえるお菓子は餅太郎一個だった。得点数える意味あるか。


「瞬、最後は型抜きな!」

「僕、やったことない」

「マジか。夏祭りの定番じゃねぇか」

「お手本見せてよね?」


 今度はルールをちゃんと見た。失敗したらうまい棒一本。成功すれば五本。よし、景品に差があるとやりがいがあるぞ。

 ピンク色の型抜きを渡された瞬は、本当に初めてだったようで、しげしげと眺めていた。


「兄さん、どうやるの?」

「まずは大まかなところは手で割ってだな」


 すると、係のオッサンの声がかかった。


「手割りは禁止だよ」

「むぅ……」


 そんならルールに書いとけよ!


「瞬、細いところは後回しだ。大きいところからいけ」

「はぁい」


 画びょうでちくちく、ちくちく……。


「兄さん! 割れたぁ!」

「大きい声出すな! 今集中してるんだ!」


 俺に渡されたのは傘の形だ。よりによってこんな高難易度のものを。しかし、余計に燃えるってもんよ。

 ちくちく。ちくちく。


「兄さん……まだぁ?」


 瞬が不満そうだが無視だ。


「あっ、さっきのおじさんだー」

「型抜きしてるー」


 子供が寄ってきたが無視だ。

 ちくちく。ちくちく。


「兄さん……そんなに本気でやらなくても……」


 額に汗が浮かんできたがぬぐうこともせず、俺は……やり遂げた。


「よっしゃあ!」


 オッサンに誇らしげに見せつけた。


「はい、おめでとー」


 瞬のと合わせてうまい僕を六本ゲット。俺たちは階段に座ってお菓子を食べることにした。


「兄さん、最初は乗り気じゃなかったのに、すっかりハマっちゃって」

「うるせぇなぁ。俺のおかげで沢山もらえたんだからいいだろ」

「三本ずつ分けてもいいってこと?」

「別にいいよ」


 日が暮れてきて、ちょうちんが灯りはじめた。それがゆらゆら揺れるのを見ながら、俺は言った。


「瞬と一緒に育ってたらさ……ガキの頃にこうして夏祭りに行ってたのかな」

「そうかもね。子供の時はできなかったこと、これからいっぱいしようよ、兄さん」

「ん……」


 帰りは瞬と手を繋いで歩いた。二人とも、ズボンのポケットがスーパーボールでふくらんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏祭り 惣山沙樹 @saki-souyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説