第4話 バーカ、せんぱいのバーカ!

 シーン:夕方 小さな公園のベンチに座るふたり(続き)


「このあたりは外国人って珍しくないですけど、せんぱいほど美形の金髪きんぱつ碧眼へきがんさんは、日本中探したってそうはいませんよ」


 あなたは、自分が外人顔なのを気にしている

 日本国籍を取得したとはいえ、両親ともに金髪碧眼の元外国人なのだから、その息子が両親と同じ毛色なのは当たり前なのに


「中学時代のせんぱい、顔だけは外国のファッション雑誌に載ってそうな超絶美少年だったくせに、笑っちゃうほどダサい服着てこのへん歩いてたじゃないですか。それは有名になりますって」


「僕は美形じゃないって……日本人に見えない? せんぱい、めっちゃイケメンですよ。そりゃ、日本人っぽくはないですけど」


「あたしは、せんぱいが日本人なのしってますけど、しらない人はわかりませんって。国籍が日本なだけで、見た目は完全に外国人じゃないですか。でもご両親も、日本国籍なんですよね?」


 両親は外国で生まれたが、ふたりとも子どもの頃からずっと日本で暮らしていて、あなたが生まれる前には日本国籍を取っている

 それにあなたと妹は日本で生まれ、家族全員が日本国籍を持った日本人。見た目は全員、外国人だが


「ですよねー」


「美容室であたし、従兄いとこのお兄ちゃんに、せんぱいがあたしと並んでも変じゃないようにしてってお願いしたけど、ムリって即答されてましたよね。なぜだかわります?」


 わかるわけがない

 あなたは首を横にふる


「あはは。わかってませんよねー、だと思いました」


「それはですねー……せんぱいをあたし程度に合わせることができないって意味ですよ。あたしなんかじゃどんなに飾っても、せんぱいとつり合いがとれないって意味です。わかります?」


 それもわからない

 後輩は言動はアレだが、見た目はかわいい


「うんうん、わかりませんよねー。せんぱいはそういう人です」


「彼氏役をしてくれたお礼に、せんぱいがモテない理由をお教えしましょう。それはですね……」


「せんぱいが美形すぎるからです。あまりにカッコよすぎて、普通の女の子は近づけないんです。高嶺たかねはなすぎなんですよ」


 なにいってんだこいつ?

 あなたは混乱する

 ここは日本で、自分は日本人だ。日本人として、この顔は変だ


 あなたは自分の顔が好きではない

 くり返し外国人と勘違いされるのもうっとうしい


「金髪碧眼の超絶美少年。せんぱいほどの美形と並ぶ勇気なんて、ほとんどの女の子にはないです。明らかに自分よりキレイな顔が隣にあるのは、女子にはきついんですよ」


「あたし? あたしはせんぱいの顔、横に置きなれてますしね。部活でずっと一緒だったじゃないですか。部活以外でも、ふたりでいること多かったですし。まっ、今さらですよ」


「それに人間は心っていうでしょ? あたしせんぱいの心が、顔ほど美形じゃないのしってますし。おっきなおっぱいが好きとか、実はわかってますよー? あははっ」


 なぜわかった!?

 しょうがないじゃないか。大きなお胸に心を奪われるのは、男子としてまっとうな成長をしている証拠だ


「せんぱい、本気で自分がモテないって思ってたんですか? 今でも? 中学のときあたしたちの学年に、せんぱいのファンクラブありましたよ」


 なにそれ!? もっと早く言えよ

 あなたは悔しさに歯噛はがみする


「なんですか、その顔。あははっ! めっちゃ悔しそうですねー。うけるー」


 うけるーという割に、後輩の目は笑ってない。なぜか責められているようで、居心地が悪かった


「ふぅ……今日はありがとうございました。助かりました」


「もういらないウソはつくな? あははっ、そうしたいんですけどねー……ホント、あはは……」


 乾いた笑いで、口元を引きつらせる後輩

 自分でもどうしようもないのだろうか

 やはり心の病院案件なのだろうか


「じゃあ、また何かあったら泣きつきますから、お願いします」


 ベンチから腰を上げて立ち去ろうとする後輩、その背中に声をかける

 彼女はふりかえって、


「……はい? ジュースいつおごってくれるんだ? ですか」


「そんなの本気にしてたんですか? 後輩にジュースを奢らせようなんて、どんな鬼畜きちくですか。そんなだから彼女いないんですよ」


「奢らないなら、さっきの子たちに全部バラす? なっ、なんですかそれ!?」


「はっ! う、うそですねせんぱい。いつ、あいつらの連絡先ゲットしたんですか!? せんぱいはそんなことができる男じゃありません。あたし、せんぱいがヘタレだってわかってま……え?」


「あの中に知り合いの妹がいた、ですって!? 顔がそっくりで名字が同じだったからきっとそう、僕をしっていた理由にもなる……?」


 後輩があなたの隣に戻り、


「ごめんなさいジュース奢りますからあぁっ!」


 肩を掴んで顔を寄せてくる


「な、なに……笑ってるんですか」


「やめてくださいよ、せんぱいが笑ってると、あたしも笑っちゃうんですって……あはははっ」


 しばらくふたりで笑い合う

 中学時代、よくそうしていたように


「せんぱい、今みたいな優しい笑顔、あたしにしか見せませんよね。それもモテない理由です」


「妹にも見せてる? はぁ、そうですか。そいうことじゃないんですよ。じゃあ、あたしは妹枠ですか。そうですか……」


 寂しそうな顔をする後輩

 あなたはそこまで、『この後輩に関しては鈍感』ではない


「きゃっ! なんですか、急に腕をひっぱらなんでください」


「そ、それに……なんで、抱きしめるんですか、セクハラ訴訟案件ですけど」


 こうされることを後輩が望んでいるのは間違いない

 だが、訴訟は困る


「ちょっ、冗談ですよ、離さないでください。照れ隠しです、そういうお年頃なんです」


 後輩が、あなたにもたれかかってくる

 あなたはちゃんと説明する


「……なんですか? 妹とは思ってない、初めて会ったときから、ちゃんと女の子としてみてる?」


 後輩の気持ちは、なんとなくわかっていた

 もしかしたら、自分と同じ気持ちなのではないかと

 自分と同じで、淡いかもしれないが恋心を向けてくれているのではないかと


 ただ中学時代のあなたは、自分が『変な顔をしている』と思い込んでいた

 小学生のころ好きだった子に、そう取れる発言をされたから


 だから後輩のような美少女に、想いを告げることも確認することもできなかった

 また顔でつらい目にあうのは、嫌だった


 だけど演技とはいえ彼氏の位置に立って確信した

 後輩は、自分を好いてくれている


 演技でのデートで、あんなに楽しそうで、嬉しそうな顔をするはずがない

 他の誰かだったら分からなかっただろうが、後輩の表情ならわかる

 それがどのような感情を表したものなのか


「はい……えへへ、照れますね。そうですかー、せんぱいにとってあたし、ちゃんと女の子でしたかー、あはは」


「せんぱい。あたし、こうやってせんぱいに抱きしめてもらえるの、実は中学時代に夢見たこともあったんですよ? あの頃はあたしも、まだ若かったんです」


「今はどうなんだって。そう……ですね、照れ隠しを口走ってしまうくらいには、嬉しい……ですよ」


「ちょっ、そんな引き寄せないでくださいよ。すでにおっぱい、せんぱいにくっつけちゃってるんですけど、小さいからわかりませんか!?」


「ちゃんとわかってるし、ドキドキしてる?」


「そ、そうですか……だったら、しょうがないですね。ずっとドキドキしててください。あたしだって、ドキッドキなんですから」


「……あたしのおっぱい、あんまりおっきくならないです。これでも、努力してるんですけど」


「また笑う……失礼ですよ? 女の子の努力を笑うなんて。せんぱいごのみのおっぱいさんになりたくて、あたし……」


「は? 無駄な努力ご苦労さまって……それは大きくなってませんけど、あたしは本気でっ」


「うえ!? あ、あたしには、小さいほうが似合ってる? 今さら大きくなられても、違和感しかないって」


「そ、それは……なぐさめ、ですか? それともダメってこと……ですか」


「なにがダメなんだって……そこ、いわないと通じませんか? そこまで鈍感ですかっ」


「……ん? あ、はい……頼ってもらえて嬉しかった? そうだったんですか、それは思いませんでした。またわがままいって、迷惑かけてると思ってました」


「自覚? ありますよ、迷惑かけてるって」


「でもそうですか、嬉しかったんですか……せんぱいってときどき、何考えてるかわかりにくいんですよ。ほら、外人顔してるから」


 あなたは、考えてもなかった後輩のしなやかさに、つい腕の力を強めてしまう


「……これって、イチャコラ中のカップルみたいじゃないですか? ここ公園ですよ、誰かに見られますって。いいんですか?」


「あたし? あたしは、いい……ですけど。むしろ見てほしいですけどぉ~」


 後輩の声が、完全に照れている

 かわいくて、笑ってしまいそうになる


「せんぱいも、見られていい? ん~? それ、どう解釈しろってことですか?」


 解釈なんてひとつしかないだろう。鈍感な後輩だ


「鈍感って、あたしがですか!?」


「あ、あたし鈍感じゃないですけどぉ~? わかります、わかりますけどぉ~っ」


「ちょっと待ってください、考えます」


「……えっと、もしかして……ですけど」


「せんぱいも、あたしと同じ気持ち……でしょうか?」


 同じ気持ちって? あなたは問う


「お、同じ気持ちというのはですね、そ、その……」


「はぁー……」


「あたしこれから、恥ずかしいこといいます。おふざけはなしで」


「せんぱい。あたしがせんぱいに恋をしているように、せんぱいもあたしに恋をしてくれていますか?」


 さすがに笑いをこらえられなかった

 やはりあなたと後輩は、同じ気持ちを持っていた


「……にゃ!? にゃんで笑うんですか!?」


「初めてモテた? なんですかそれ、あははっ」


「そうですね、せんぱいモテ期到来じゃないですか。もうモテないっていえませんよ、だってあたしのラブをひとりじ……ひゃうっ!?」


「ちょっ、ほっぺにでもちゅーするときは、先にいってください。心臓つぶれちゃったらどうするんですかっ」


「……ん? なんでほっぺ向けてくるんです。あたしも、ちゅーしろってことですか!?」


「…………ムリ」


「恥かし、すぎる……」


「胸当ててくるほうが恥ずかしいだろって……ん? そうですか……ね?」


「う……ン!? はわわあぁ~っ!」


「ちっ、違うんです、おっぱいはせんぱいに好きになってもらいたくて、大きくなるようにずっとがんばってたから、いつの間にかこれはせんぱいのものって思ってて、あたしの努力の成果はどうですかって感じで押しつけたからそこまで恥ずかしくないって……」


「ぎゃあぁー! あたしなにいってるの! 違うっ、違うんですうぅ~っ」


「な、なんで笑うの! 笑わないでくださいよ~っ」


「お前、そこまで僕が好きだったのかって、だったら中学時代にいえよ?」


「はあぁ!? なんですかそれっ」


「あたしだっていいたかったですよっ! いえないから女の子なんでしょ!? 乙女なんですよっ。せんぱいが卒業した日のあたしをしれば、そんなイジワルいえませんから!」


「めっちゃ泣いて、一生分の涙、1日で使っちゃいましたよ! 一晩で1キロ以上痩せましたから、きっとリットル単位でしたねっ」


「今も泣いてるだろ? 嬉しい涙は別枠か……って」


「も、もう! バーカ、せんぱいのバーカ! これからはせんぱいじゃなくて、名前で呼んでやるからな〜っ!」



~Fin~

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後輩に彼氏役を頼まれた(ほかに選択肢がなかったらしい) 小糸 こはく @koito_kohaku

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