鬼灯

 家の前に吊るされた紅い実、それは提灯のよう。


 黒い影は白く小さな花を嫌う、遠ざける。


 カラスは見向きもせずに通り過ぎた。


 玄関に並んで吊るされる鬼灯の実。家の真ん中に活けられた小さな白い花。鬼灯の花言葉は「偽り」「ごまかし」「心の平安」妖の意識を逸らし、家を守る。


 死んだおじいちゃんが何度か話してくれた妖の対処法。俺とお父さんはあまり本気にしていなかったが、お母さんが熱心に準備していた。こんな胡散臭いものでも地獄のような今では救いになることが分かった。


 突然、おばあちゃんが目を見開いて「来るぞ、来るぞ」と嗄れ声で叫ぶ。化け物が来たらこれを刺すのだと、部屋の中心に置かれた鬼灯の枝を指す。俺がどういうことか聞こうとした瞬間、おばあちゃんは何かの糸が切れたように眠ってしまった。


 おじいちゃんが死んでからしばらくして記憶があいまいになって、今じゃ寝たきりではっきりと話すこともできなかったおばあちゃんの急な言動に家族みんなが固まっていると、遠くから地響きのような音が聞こえる。その音はどんどんとこっちに向かってきて家の壁を食い破る。車と同じような大きさの蟻の口だけを大きくした形を持つ黒い泥。木の板をあっという間に咀嚼すると、こちらを睨む。


 飛び掛かってくる化け物をなんとか躱すが、足から鮮血が飛び散る。痛みと恐怖の間でぐるぐると思考が回る。もう一度こっちに向かってくる化け物。目の前に落ちている鬼灯の枝。俺は覚悟を決めてそれを拾い、構える。額に刺さった化け物はぴたりと動きを止め、塵のように消えていく。白い花が淡く輝き、黒い鬼灯の実が成る。 


 お母さんはこのことを予想していたように一人動き、鬼灯の実を壊された家の壁に沿って並べる。目の前で起きた事は一つも理解できなかったが、俺はそれを手伝うために痛む足を引きずった。

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妖の日 和音 @waon_IA

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