第6話 最強の鬼女 vs 最強の巨人

 リズの下へ駆け寄るナオキ、カイ、ミルル。


「ううぅ……」


 リズのうめき声にホッとする三人。おそらく巨人の拳が当たる瞬間に、サイドステップで威力を軽減させたのであろう。それでも左肩と左腕の位置がおかしく、脱臼しているようだ。


 リズの戦闘能力をもってしても倒せなかったハイトロール・ザグラスに、オーガ・アラゴが相対あいたいしている。身長二メートルをゆうに超えるアラゴよりも、もうひと回り巨大なザグラス。


「ザグラスが身につけている隷属の腕輪は、古代の秘宝だ。奴隷に過酷な肉体労働をさせるためにその筋力の倍増させ、主人の命令を何でも聞かせることができる。元々無敵の怪力を誇るハイトロールがその秘宝を身に着けたら……ドラゴンでさえもザグラスには勝てんよ。しかも、相手は単なるメスのオーガ。くくくっ、勝負がついたらザグラスの相手でもしてもらうかな」


 意に介さないアラゴ。


「アラゴ、負けない。やってみろ!」


 その言葉にアグレブは声を上げた。


「ザグラス、やれっ!」


 ダンッ


 お互いに一歩を踏み出し、両手を組み合わせる。力比べだ。


「ただのメスのオーガが、強化されたハイトロールに力で勝てるわけがあるまい! ザグラス、ねじ伏せろ!」


 互いの両腕の筋肉がパンパンに張っていく。均衡する力。お互いにピクリとも動けない。


「ザグラス! 何をしている、遠慮せずにやってしまえ!」


 その言葉にザグラスが本気を出し始める。ゆっくりと押され始めるアラゴ。


「ぐうぅっ!」


 アラゴの膝が床についてしまう。このままでは腕の骨さえ折られかねない。

 それでもアラゴは力比べを続けた。


「……許さない……絶対許さない……」


 ザグラスに押された状態のまま、その顔をアグレブにゆっくりと向ける。


「……お前たち……リズ、傷つけた……リズの心、傷つけた……許さない…………絶対許さない!」


 アラゴが叫んだ。

 アラゴの赤い髪がゆっくりと血の色のような赤黒い色に染まっていく。肌の色も徐々に濃くなっていき、黒に近い茶褐色に。バーガンディカラー紫が混じったとても暗い赤色の瞳は金色に。口からは二本の牙を覗かせた。

 それはもうオーガ(鬼)ではなく、まるで悪魔のようだった。


「GUOHHHHHHH!」


 獰猛な獣が雄叫びを上げる。リミッターの外れたアラゴが真の力を見せた。普段は心の奥底に封じ込められているオーガの猛烈な闘争本能。普段心優しいアラゴだからこそ、その反動は極めて大きい。

 パンパンに張っていたアラゴの身体中の筋肉が更に盛り上がり、血管が浮かび上がっていく。


「NUAHHHHHHH!」


 ザグラスを押し返していくアラゴ。


「ザグラス、本気を出せ! 腕をへし折ってやれ!」


 しかし、声援も虚しくザグラスはその膝を床につけた。

 ザグラスを圧倒するアラゴ。


「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」


 闘争本能に飲み込まれたアラゴ。


「UGAHHHHHHH!」


 雄叫びを上げたアラゴは、ザグラスから左手を離し、ザグラスの右腕にはめられた隷属の腕輪を力いっぱい殴りつけた。


 ブン バキンッ


 隷属の腕輪は真っ二つに割れ、その瞬間に細かな塵となって霧散していく。


「何っ!?」


 圧倒されるザグラス、そして壊れた隷属の腕輪。

 アグレブにとっては想定外の展開だ。


 ザグラスのマウントを取ったアラゴは、何度もザグラスの顔面を拳で殴りつけた。血飛沫ちしぶきがあたりに飛び散り、床や壁、天井に赤黒い模様を作り上げていく。ザグラスは動かなくなっていた。

 アラゴの背中に慌ててナオキが飛びつく。


「アラゴ! もういい! やめるんだ!」

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」

「アラゴ! 殺すことはない! 頼む、優しいアラゴに戻ってくれ! アラゴ!」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……ふぅ………………ナオキ」

「そうだ、オレだ。アラゴ、よく頑張った。リズも無事だ。ありがとうアラゴ」

「ナオキ……ごめんなさい……」


 好きなひとには決して見せたくなかった自分の本当の姿。それでも、リズが受けた死ぬほどの屈辱を考えると、どうしてもアグレブたちが許せなかったのだ。

 何を言ったらいいのか言葉が出ず、うなだれたままナオキに謝るアラゴ。


「謝ることなんかない。アラゴ、本当にありがとう」

「ナオキ……」


 髪の色や肌の色がゆっくりと元の色へと戻っていく。口から見えていた牙もどうやら引っ込んだようだ。


「ナオキ、リズ、一緒にいて、お願い」

「うん、分かってる」

「絶対に、絶対に、手、離す、ダメ、お願い、ナオキ」

「わかった」


 リズの下へ戻るナオキ。


「ナオキ様、今ミルルに医師と癒やしの奇跡を起こせる神父を呼びに行かせています。聖女様はギルドの救護室へ運びましょう」


 カイの言葉に、倒れているリズを抱えるナオキ。


「ナオキ、アラゴ、怪我ない。ザグラス、目覚ます、待つ」


 ザグラスは気を失っているようだ。

 主人であったアグレブの姿は、ない。


「アグレブについては、後ほど私から器物損壊と詐欺、それにひとを隷属させる不法魔道具の所持と使用で指名手配をかけます。門番には通信魔道具で緊急手配済みです」


 憎々しげに顔を歪めるカイ。


「とにかく聖女様を救護室へ」


 ナオキはリズを救護室へと運び込んだ。




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 かごのぼっち先生からザグラスと戦うアラゴののファンアートを頂戴しました。

 イラストから戦いの熱と迫力が伝わってくるようです。ぜひ皆様ご覧くださいませ。

https://kakuyomu.jp/users/Helianthus/news/16818093083147524100



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