第5話 最強の僧兵 vs 最強の巨人

 巨人・ザグラスが暴れたことで、酒場の中はぐちゃぐちゃに荒れ果てている。そんな中で、白い法衣姿のリズと粗末な布の服を着ているザグラスとが相対あいたいした。


 先手を取ったのはリズ。目にも止まらぬ速さで飛び上がり、身体の捻りを加えた全力の蹴りを横っ腹にぶち込んだ。


「!?」


 リズは着地した後に驚く。自分として最大の威力の蹴りを決めたはずが、まったく効いている気配がないのだ。アラゴ相手の模擬戦であっても、あれだけの威力の蹴りを腹部に入れれば、筋肉に守られているとはいえ、それなりのダメージを与えられるだろう。しかし、ザグラスにはまったく効いている様子がない。実際、蹴りを入れた時の感触は「弾性のある鋼」といった感じだった。


「無駄だよ、聖女さん」


 巨人の主人であるアグレブは、リズを小馬鹿にするように薄笑いで続ける。


「ザグラスはトロール(山や森に住む巨人)だが、ただのトロールではない。コイツは強靭な肉体を併せ持つ『ハイトロール』だ」

「『ハイトロール』のわけがない! 『ハイトロール』は高い知性と思いやりのある性格を持ち合わせている山の半神(人々から信仰を集める存在)だ!」

「その半神は、俺様の思いのままなのさ」


 ザグラスの右腕にはめられた腕輪の赤い宝石がぼんやりと光る。

 その瞬間――


 ドカンッ


 凄まじい速さで振り下ろされた拳が酒場の床をぶち抜いた。

 間一髪のところで避けることのできたリズ。


「リズ! 一度退くんだ!」


 勝ち目が薄いと感じたナオキが叫ぶ。

 しかし、リズは相対したままだ。


「ナオキ様、その命令は聞けません」

「バカタレ! いいから退くんだ!」

「コイツらは、娼婦、そして元娼婦という弱い立場の女性を食い物にしているクズです。わたくしは絶対に許せません」


 ナオキは、言葉のひとつひとつにリズの強い怒りを感じる。


(目か、金的きんてきに攻撃を入れれば……)


 攻撃を加える先を急所に限定しようと構えを変えるリズ。

 しかし、巨人の主人であるアグレブは、何かを思い出したように笑い出した。


「ぎゃははははは! 思い出した! 思い出したぞ!」


 突然狂ったのかと、その場にいるだけもが思った。

 が、そうではなかった――


「聖女さん、俺の顔に見覚えはないかね?」

「お前のようなクズに知り合いはいない」

「くくくっ……お前さん、『シルバーラビット』にいただろ?」

「!」


 驚きの表情を浮かべるリズ。


「当時、俺はこう名乗っていた」


 アグレブはこれ以上ないほどのいやらしい笑みを浮かべた。


「ジェッタ」

「!」

「思い出したようだな。そうだよ、ジェッタのおじさんだよぉ」

「…………黙れ」

「お前の身体、随分可愛がってやったよなぁ」

「黙れ」

「俺はお前の身体の隅から隅まで知っているぞぉ」

「黙れぇー!」


 アグレブに殴りかかるリズ。

 しかし、我を忘れたその瞬間に隙ができた。

 その隙をついて、巨人ザグラスの拳が唸りを上げる。


「ぐあっ!」


 その拳はリズの左肩を側面から急襲。

 その威力にリズの身体はゴミくずのように吹き飛んだ。


 ドカバキベキッ


 リズの身体は、酒場の壁を突き破る。

 その穴からは、力の抜け切った足だけが見えた。


「リズ!」


 叫ぶナオキを嘲笑うアグレブ。


「あんたが勇者ナオキか。滑稽だねぇ、元娼婦の聖女を連れて珍道中とは! 旅の途中に気持ちいいことしてもらってるのか? こんなのが聖女って、慈愛の女神ってのはどうやら色ボケ女神のようだな。ぎゃははははは!」


 腰に下げた長剣ロングソードに手をかけたナオキ。


 しかし、それを制止する茶褐色肌の腕が伸びる。


「次、アラゴ、相手。お前たち、絶対、許さない!」



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