第4話 食い物にされる弱者

 ドガンッ ガシャーン


 酒場の入口近辺にあったテーブルと椅子が蹴り飛ばされた。

 そこにいたのは、ひとりの薄らハゲた小柄な中年男と、アラゴよりも一回り以上大きな大男……いや、巨人だ。中年男の命令で巨人が暴れたのだ。

 怒りの表情でその場へ向かうカイ。


「何をしているんだ、アグレブ!」


 カイの叫びに醜い笑みを向ける中年男・アグレブ。


「よぉ、カイ。お前の言ってた証拠を持ってきたぜ」


 羊皮紙をひらひらとさせた。

 それを奪うようにさらうカイ。

 そこに書かれた内容にカイは真っ青になった。


「俺は金貨千枚をミルルちゃんに貸したんだ。書いてある通り、それを返せないならミルルちゃんは俺のモノだ。拇印ぼいんも押してあるだろ?」

「ミルルは金など借りていないと言っている!」

「何を言っていたって、ここに借用書がある以上、ミルルちゃんは金貨千枚を俺から借りているってことだ……おぉ! ミルルちゃん、いるじゃないか! ほら、アグレブのおじちゃんだよぉ〜♪」


 料理を客に出そうとフロアにいたミルルは、料理を零してその場に立ち尽くしてしまう。完全に怯え切っている状態だ。

 いやらしい笑みをミルルに向けたアグレブ。


「お前が娼婦だった頃は、毎日のように遊びに行ってやったよなぁ」

「い、いや……」

「その小さな身体を随分と可愛がってやっただろうぉ?」

「イヤッ! 聞きたくない! そんなの知らない! 私知らない!」

「お前がいくら否定したって、過去は消えないんだぜぇ? 男とヤルことしか知らず、字の読み書きさえできない馬鹿なお前を、俺様がこれからも可愛がってやるって言っているんだ。悪くない話だろぉ? さぁ、おじちゃんと一緒においで」


 ミルルの腕を掴もうとするアグレブ。


 パシンッ


 その手を払ったのはリズだった。


「このに触るな」

「何だこの尼さんは……おぉ、随分とべっぴんさんだ! ……だが、ちょっと年が行き過ぎてる……俺の好みじゃねぇな」


 アグレブを睨みつけるリズ。


「子どもにしか興奮しない変態野郎か」

「はぁ?」


 額に青筋を浮かべるアグレブ。


「ミルルは子どもと見間違えるくらい小柄だもんな」


 図星だったのか、アグレブは顔を真っ赤にした。


「多分ミルルは、田舎から娼館に身売りされたんだろうな。娼婦になったミルルは学びの機会もなく、文盲もんもうのまま時間だけが過ぎていってしまった……で、文字の読み書きができないミルルを騙して拇印を押させて、奉公明けに自分の性奴隷にしようとした……ってとこか。まぁ、下衆げす野郎の考えそうなこった」

「げ、下衆げす野郎……」


 青筋をピクピクさせるアグレブ。


「聞け、慈愛の女神様のご神託だ」

「女神の神託だと?……お前、聖女か!」


 リズは目を見開いた。


「『そこのクズに鉄槌を下せ』だとよ」


 リズの気迫に後ずさるアグレブは叫んだ。


「ザグラス!」

「UWOOOOOOO!」


 引き連れていた巨人・ザグラスが雄叫びを上げる。


 ガチャーン ドガシャーン


「キャー!」


 また酒場で暴れ始めたザグラスに、酒場の客はパニックに陥って逃げ惑う。


「全員建物の外へ! 早く!」


 カイの叫びに店の外へ逃げ出す客たち。


「ナオキ様、ミルルをお守りください! アラゴも!」


 ナオキとアラゴは怯えるミルルを庇うように、アグレブとザグラスの間に立ちはだかる。


「リズ!」


 ナオキに軽く笑みを送った後、巨人ザグラスと相対あいたいするリズ。


「こんなクズどもに負けるわけがありませんわ」


 リズのその言葉に、中年男・アグレブは醜い笑みを浮かべた。



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