第3話 文字の読めない少女

 ギルドに併設されている酒場のスペースへやってきたギルドのマスター・カイとナオキたち一行。まだ陽は高く、お酒を飲むには早い時間だが、多くの客で賑わっている。仕事や依頼をこなし、得た報酬で一杯引っ掛けている者、仕事にあぶれてやけ酒をかっ食らう者、普通に食事を楽しんでいる客もいた。

 奥のテーブルの席につく四人。


「随分賑やかですね」

「街が栄えている証拠ですわ」

「みんな、楽しい、飲んでる。良いこと」


 カイはにっこり微笑んだ。


「実は二年前に、街から少し離れた山の中で巨大な門のようなものが発見されまして、これが古代の遺跡につながっていることが分かりました」

「ダンジョンが見つかったということですか?」

「はい、ナオキ様の仰る通りです。発見以来、ギルドを通じて冒険者たちに探索を依頼しているものの、まだすべてが明かされていない状況です」

「モンスターによる被害は? 住民に被害は出ていませんの?」

「お陰様で冒険者たちが頑張ってくれていますので、聖女様が心配されているようなことは発生しておりません」

「アラゴ、魔物退治する。命令して」

「アラゴ様もありがとうございます。幸い手に負えないような強力な魔物は現れていませんので、アラゴ様の手を煩わせるようなことはございません」


 三人はホッと胸を撫で下ろした。


「実は、このダンジョンの発見は街にとって福音ふくいんでした」

「福音?」

「はい。このダンジョンに挑む冒険者が街に集まったことで、経済活動が活発になったのです。また、ダンジョンで見つかる様々な珍しいモノも、この街に財をもたらすものになっています」

「災い転じて福となす、ですわね」

使?」

「はははっ、違うよアラゴ。後で意味を教えるね」

「アラゴ、勉強、足りない。ナオキ、リズ、教えて」

「もちろんですわ。宿についたらまた言葉の勉強しましょうね」

「また三人で勉強しような」

「ふふふっ、三人の固い絆を感じますね」


 楽しげに談笑を続ける四人。


「マスター、何かお飲み物をご用意しましょうか?」


 声を掛けてきたのは、茶髪ショートでかなり小柄な可愛らしい女性の店員だった。


「あぁ、そうだね。気を回してくれてありがとう。皆様にも紹介しますね。酒場のウェイトレス、ミルルくんです」


 ナオキたちに笑顔でペコリと頭を下げるミルル。


「ミルルと申します。皆様は長い旅を続けられているとお聞きしました。お疲れの身体に染み渡る蜂蜜入りの冷たいエール(ビールの一種)はいかがですか?」

「皆さん、冷たいハニーエールはこの酒場の名物なのです。お酒は弱めですので、ソフトドリンク感覚でお飲みいただけますよ! ミルル、ハニーエールを四つ頼む」

「はい、マスター」


 手にしていた木の板をテーブルの上に置くミルル。メニュー代わりの小さな黒板だ。


「お酒だけ飲むのはお腹によくありませんので、ご一緒に何かお料理はいかがでしょうか?」

「ここのお代は私が持ちますので、お好きなモノを頼んでくださいね!」


 カイの太っ腹な言葉に、三人は嬉々としてメニューを覗き込む。貴腐キノコのサラダ、シルバ風カラフルポトフ、魔牛のサイコロステーキ、ムタナーク風真っ赤なピザ……どのメニューも美味しそうだ。


「じゃあ、わたくしはコレにいたしますわ」

「オレはコッチにしようかな」

「アラゴ、コレ」


 メニューの料理名を指差す三人。


「……あ、あの、すみません……お料理の名前を読み上げていただけますでしょうか……」


 顔を真っ赤にしてうつむいたミルル。

 ナオキたちはに気付き、慌ててメニューの名前を口にした。


「わたくしは、シルバ風カラフルポトフをいただきますわ」

「オレは、ムタナーク風真っ赤なピザを」

「アラゴ、魔牛のサイコロステーキ」

「はい、覚えましたので大丈夫です。少々お待ちください!」


 パタパタと厨房へ走っていくミルル。

 カイは、それを優しい眼差しで見つめている。その視線を三人に向けた。


「……実は、ダンジョンがもたらしたのは福音だけではありませんでした……明暗の両面があったのです」

「どういうことですか?」

「街は賑わっていますわ?」

「あぅ?」

「街にやってくる冒険者は、善人だけではなかったのです……。ミルルも私が保護しています……」

「保護?」

「ミルルは――」


 ドガンッ ガシャーン


 酒場の入口近辺にあったテーブルと椅子が蹴り飛ばされた。

 そこにいたのは、ひとりの薄らハゲた小柄な中年男と、アラゴよりも一回り以上大きな大男……いや、巨人だ。中年男の命令で巨人が暴れたのだ。



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