第2話 ムタナークの街

 草原に伸びる石畳。綺麗に整備された街道だ。街の中ではよく見るが、舗装された街道というのは大変珍しい。深い森を抜けた三人は、この街道を次の街へ向けて進んでいた。

 金属製の胸鎧ブレストプレートを身に着けたナオキが先頭を歩き、その後ろを聖女リズと鬼女アラゴが続いている。リズは何やらご立腹な様子である。


「女の子にあんな技をかけるなんて……ナオキ様、酷いですわ!」

「普通の女の子は夜這いなんてしません」

「夜這いじゃありませんわ! 聖女のキノコ狩りですわ!」

「普通の聖女は男のキノコ狩りなんかしません」

「もう! ナオキ様は何が不満ですの!? もっと女の子の心を理解してほしいですわ! ……あっ、じゃあ、アラゴも一緒ならよろしいですか?」

「あうっ!? あうぅ……」


 馬鹿なことを言っているリズ。その隣でアラゴは顔を真っ赤にしている。


「アラゴを巻き込むな。リズ、いい加減にしないと、次はコブラツイスト(プロレスの技、かけられると痛い)かけるぞ」


 ナオキがしらけた視線を送ると、なぜかリズは恍惚な表情を浮かべてナオキに迫ってきた。


「ナ、ナオキ様! 大丈夫ですわ! この聖女リズ、しっかりとナオキ様のコブラを優しくツイストして差し上げますわ! さぁ、ここでポロンとコブラを出してくださいまし! さぁ! さぁ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ナオキ様がぶったぁー、ぐすん、ぐすん」


 膨らんだお餅のようなタンコブを頭の上でぷよんぷよんさせて、半べそをかきながら歩いているリズ。ナオキは呆れ顔で地図を片手に先頭を歩いている。そんなふたりの様子を見てアラゴはくすくすと笑っていた。


「ナオキ、街、見えた」


 アラゴが指差す方向に、木製の高い壁に覆われた街が見えてきた。ナオキの持つ地図には『ムタナーク』と書かれている。これまで立ち寄ってきた街の中でも大きいと言える規模の街だ。

 街が近くなってくると、街道を歩くひとの数も徐々に増えてくる。町人や商人ではなく、それぞれが帯剣するなどして武装していた。いわゆる冒険者というヤツだ。


 冒険者とは、危険な依頼をこなして報酬を得る賞金稼ぎ。時には遺跡の調査などで莫大な財宝を見つけることもあり、そんな夢とロマン、そしてスリルを追い求める命を賭けたギャンブラーとも言える。その人生は明暗はっきりと分かれており、その賭けに負けて命の取り立てに会う冒険者も多い。それでも一獲千金を目指して冒険者になる者は後を絶たない。


 三人は街の門番に入町税を支払って門をくぐった。

 ムタナークの街は、木造の建物が立ち並ぶどこか懐かしさを感じさせるような素朴な街並みで、多くのひとが大通りを行き交っており、とても賑わっている。


「今日はここで一泊しよう」

「それがいいですわね。野宿が続いていましたし」

「あぅ」

「でも、ギルドには挨拶だけしていこうか。お世話になることも多いしね」

「はい、それがよろしいかと思います」

「ギルド、探そう」


 門から続く大通りを歩いていく三人。


「ナオキ様、ありましたわ」


 リズが指差す方向には、眼光鋭い鷹が描かれた看板が軒先にかかっていた。ギルドの看板だ。

 ナオキたちは入口のスイングドアを開けて、建物の中に入る。中は冒険者だけでなく、大勢の街のひとたちで賑わっていた。


 ギルドとは国や領主、その地域で事業を行う個人がそれぞれ出資をして運営している協同組合で、仕事の斡旋所のことである。労働力や頼み事、困り事の解決を求める側と、それに応えて賃金や報酬を得たい側、その仲介役を受け持つのがギルドだ。協同組合間のつながりもあり、非常に強力な組織である。


 カウンターの案内嬢に声をかけるナオキ。


「お忙しいところ、すみません」

「はい、どうされましたか?」

「私、ナオキと申しますが、こちらのギルドの責任者の方はいらっしゃいますか? ご挨拶だけでもさせていただきたく……」


 王様から通行手形代わりにといただいた王家の紋章が刻まれた金のメダリオンを提示する。

 ぱぁっと明るい表情を浮かべた案内嬢。


「勇者ナオキ様ですね! お話は聞き及んでおります! 只今当ギルドの責任者マスターを呼んでまいりますので、少々お待ちください!」


 案内嬢は席を立ち上がり、カウンターの奥へと引っ込んでいった。

 程なくして、顎髭あごひげを蓄えた四十代位の男性が現れた。


「大変お待たせいたしました。当ギルドの責任者マスターを務めておりますカイと申します。ムタナークの街へようこそおいでくださいました」


 頭を下げるカイに、リズが一歩前に出てカーテシー(女性の膝折礼)を見せる。


「カイ様、初めてお目にかかります。教皇より聖女の称号を賜りましたエリザベスと申します」

「おぉ、聖女様! これはご丁寧に恐縮です! 噂通りたいへんお美しい!」

「まぁ、カイ様はお世辞がお上手ですわ」

「ハッハッハッ、私は嘘をつかないことで有名ですよ」


 そんなリズとカイのやり取りをシラーっと見つめるナオキとアラゴ。


「リズ、猫かぶる。アラゴ、知ってる」

「まったく……」


 呆れ顔のナオキの顔を覗き込むアラゴ。


「ナオキ、どっちのリズ、好き?」

「へっ?」

「素直違うリズ? 真面目なリズ?」

「な、何言ってんだよ、アラゴ!」

「ふふふっ」


 そんな質問をしながら嬉しそうに微笑むアラゴに、ナオキは思わず赤面してしまった。


「当ギルドは酒場も併設しておりますので、そちらでお話を伺いたいと思います。皆様、どうぞこちらへ」


 カイの案内で奥の酒場のスペースへ向かう三人。


『どっちのリズ、好き?』


 アラゴの言葉が胸に引っ掛かるナオキ。アラゴのことは、ひとりの心優しい女の子として見ていた。じゃあ、リズは? 自分は色眼鏡を外して、リズを女の子としてちゃんと見ていたか?


 ナオキに目を向けて優しく微笑むリズ。そんな彼女に、ナオキは何も返せなかった。



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