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その日の放課後。
いつものように瑛太と楓は並んで家に向かって歩く。九月下旬なのに今日はずいぶん暑い。若村先生によれば、台風が近づいているせいでフェーン現象が起こっているから、とのことだった。
楓はまだグスングスンと鼻を鳴らしていた。よっぽどワカが無事だったのがうれしかったのだろう。だけど、本当のことを言えば、瑛太だって目がウルウルしていたのだ。彼がうれしくて泣いたのは、これが初めてかもしれない。
そして、楓と別れた瑛太が家に着くと、すでに玄関の鍵が開いていた。
「あれ?」
瑛太は首をひねる。この時間、いつもならまだ母親は仕事から帰ってきていないはずなのに。
不思議に思いながらも彼が家の中に入ると、父親が居間にいてテレビを見ていた。
「父さん、どうしたの? 帰ってくるの、めっちゃ早くない?」
「ああ。もう仕事どころじゃないからな。とりあえず、今日うちの学校は授業中止だ」
「ええっ!」
思わず瑛太は大声になる。いったい何があったんだろう。
「なんかな、どこかの国で開発したAIがいきなりハッキングの能力を
「……」
やはりそうだったのか。瑛太は、ハッキングがたくさん起こってネットを混乱させているのではないか、という自分の思いつきが正しかったことを知る。昼間ワカをハッキングしたのは、そのAIだったのかもしれない。
父親は続けた。
「それでな、うちの中学はクラウドから配信される教材で授業をしたり自習をしたりしてたからさ、もういきなり何にもできなくなっちまった。しょうがないから久しぶりに黒板で授業したけどな……やっぱりアドリブで黒板授業は難しすぎたよ。というわけで、今日はもう早引けで終わったのさ。お前の小学校はどうなんだ?」
「うちは一応6時間目までちゃんと授業やったよ」と、瑛太。
「そっか。小学校は頑張ったな」
「……父さん。実はね、今日、こんなことがあったんだ」
瑛太は昼間のワカのことを父親に話した。
「そうか……」父親はため息をつく。「あのロボットまでおかしくなっちまったか。まあでもそれは当然だよな。ロボットを制御しているシステムもコンピュータなのは間違いないし、しかもロボットだってクラウドを使っているだろうから、ネット接続はしないとダメだろう。復活したワカは、ネットなしでちゃんと動いているのか?」
「たぶんね。いつもと全然変わらなかったよ」
「そうか、ってことは、クラウドは使わずデータは全部ローカルに保存してたんだな。今となってはそれは
「……」
難しい言葉を使いすぎだろう、と瑛太は思う。それでも、なんとなくは彼も父親の言葉の意味が理解できていた。
”ワカはデータを全部自分に内蔵されている記憶装置に記憶していたんだ。だからネットがつながらなくなっても、全然変わってない。ぼくのスマホの音声アシスタントは全然使えなくなってしまった、というのに“
「しかしなぁ……」父親はちょっとがっかりした顔になった。「今週末のキャンプは、どうしたものかな。全世界的に大変なことになってるし、キャンプに行ってる場合じゃなくなるかもしれないな。やれやれ。せっかくDC-ACインバータを大容量のヤツに新調したのにな」
涼しくなってきた今の季節は、キャンプにはうってつけの気候だ。だから瑛太と両親は、週末の連休を利用して町内のキャンプ場でキャンプをするつもりだった。DC-ACインバータというのは、自動車エンジンの発電機が作る直流12Vの電気を、家庭用の交流100Vに変える装置だ。これがあればキャンプでも、ドライヤーみたいなちょっとした電化製品が使えるようになる。
「うーん」瑛太が首をかしげながら言う。「ぼく、デジタル一眼で自然の写真を撮りたかったんだよな……キャンプだったらネットも何も関係ないし、せっかく楽しみにしてたんだから、行けそうだったら行きたいよ」
「そうだな。もし行けるようなら、行くか」
そう言って、父親は笑顔で瑛太の頭をなでた。
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