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「たぶんこれ、バックアップだと思うんです。もしそうなら、おそらく今日の朝の状態までリストアすることができます」
片手に乗るくらいの大きさの黒い箱を持った町田さんが、泣き笑いの表情で言った。
「バックアップ? リストア?」
楓に向かって瑛太が問いかける。コンピュータのことでわからなかったら、とにかく楓に聞く。それが瑛太に習慣として身についてしまっていた。
「あ、ええと……バックアップは、コンピュータに記憶されているデータを外の記憶装置に保存することで、リストアはバックアップしたデータを読み込んでコンピュータに戻す作業のことだよ。今町田さんが持ってるのは、バックアップ用のストレージユニット……それが校長室にあったのなら、確かにワカが使っててもおかしくない……けど……」
楓の表情はイマイチ
「……けど、なんだよ?」
「それ、校長先生の持ち物かも……しれないよね……」
「……」
ポツリと
考えてみれば楓はもともとこういうヤツだったな、と瑛太は思い返す。泣き虫だけど、楓には妙に冷静で落ち着いているところがあるのだ。だからこそ、いざというときに頼りにできる、とも言えるのだが。
「大丈夫よ、ほら」町田さんが楓に向かってほほ笑みながら、ストレージユニットをかかげて見せた。
「あ……」楓の目が丸くなる。そのユニットには、ワカのメーカーのロゴマークが貼られていたのだ。
「そう。これはウチの会社の
「……やったぁ!」
みんなが立ち上がってよろこびの声を上げる。こぶしを振り上げたり、飛び跳ねていたりする子も一人や二人ではなかった。
みんな、うれしいのだ。今日のワカの記憶がなくなるのは残念だけど、それでも今までの記憶が全部消えてしまうよりははるかにマシだ。
早速町田さんは作業を始めた。彼女はまず、バックアップ用のストレージユニットを自分のノートパソコンにケーブルでつなぐ。
「OK。昨日までのデータがしっかり残ってる。本当に……よかった……」
そう言って町田さんは右のこぶしでグイッと涙をぬぐうと、キリリと顔を引きしめた。
「それじゃ、リストアを始めます」
町田さんはノートパソコンからケーブルを抜き、代わりにそれをワカのソケットに差し込む。そのとたん、ワカの頬に再び会社のロゴが表示された。続いてそれがプログレスバー(作業がどれだけ進んでいるかを示す棒グラフのこと)に変わる。0%……1%……
「ええと、リストアが終わるまで1時間くらいかかるから、それまではワカをこのままにしておいて、みなさん普通に授業をしててください。私は会社に戻りますけど、リストアが終わったらワカは自動的に再起動しますから、これ以上の作業は必要ありません」
町田さんが言うと、いきなり楓が手をあげて立ち上がる。
「町田さん」
「はい?」
「再起動する前に、ワカの5G機能を止めておいてください。あと、念のためWi-Fiも切った方がいいと思います」
「……あなたは本当にすごい子ね」町田さんはうれしそうに微笑んだ。「大丈夫よ。もちろんそのどっちもやっておいたから。もっとも、今は5Gだけじゃなく、携帯電話の電波の全てが止まってるみたいだけどね」
「ありがとうございます」
ていねいにおじぎをして、楓はイスに戻る。
若村先生が右のこぶしでグイと両目をぬぐい、教科書を開いた。
「はーい、それじゃ、5時間目の算数の授業を始めまーす」
「はぁーい……」
みんなのテンションが一気に下がる。
---
その日の算数の授業は、子どもたちの誰もがみなソワソワしていて、全然集中できていないようだった。無理もない。みんなワカが気になってしかたがないのだ。そして、クラスがそんな状態なのに、先生も怒らなかった。いつもなら鬼モードでどやしつけるのに。
そして、5時間目が終わった直後のことだった。
ピー、という警告音に続いて、ワカの頬に表示されているプログレスバーが100%になった。そして……
”リストアが無事終わりました。再起動します”
という、何も感情がこもっていないワカの声が流れる。そんなワカの様子を、クラスのみんながかたずを飲んで見守っていた。
やがて。
会社ロゴが頬に表示され、それが消えてしばらくすると……
ワカが両目を開き、キョロキョロとまわりを見渡して不思議そうな顔になった。
「あれ、ここは校長室……ではなくて五年生の教室じゃないですか。なんでワタシ、ここにいるんです? なんでもう昼過ぎになっているんですか? いったい何があったんですか?」
「……ワカぁ!!」
絵里香が真っ先にワカに抱きついた。絵里香だけじゃない。楓も、瑛太も、武も、優里も、光宙も……クラスの全員がワカを取り囲んで抱きつき、大声をあげて泣いていた。
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