6
「ええっ!」
その場にいた全員の視線が、ワカの顔に集中する。
「ああっ! 確かに!」
両目の視力2.0の瑛太の目にも、左の頬にはっきりと電池切れのマークが点滅しているのが分かった。その隣に表示されている残り容量は……15パーセント。
「みんなも、見えた?」
瑛太が振り返ると、うなずいた子と首を横に振った子が、半々くらいだった。
「あと、どれくらいもちそうなの?」と、絵里香。
「正確にはわかんないけど」楓が応える。「残り15パーセントだったら……5分くらいかな。人間だったら疲れて動けなくなる前にフラフラになるから分かるけど、ワカの電池が切れるのは突然だからね」
「まずいよ! はしご乗りの最中にワカの電池が切れたら……そのまま落っこっちゃうよ! 6メートルの高さから落ちたら、いくらロボットって言ってもさすがにこわれると思う。それに……これから二人で同時に曲芸するだろ? もしワカが上で曲芸してたら、下の人にぶつかって一緒に落ちてケガをさせちゃうかもしれない」
あわてた様子で瑛太が言うが、楓は落ち着きはらっていた。
「今ワカがやってる曲芸は電池が切れる前に終わると思う。だから、次にワカがはしごを降りてきたら、そこで引き止めればいいよ」
「だったら、さっそく行かないと!」絵里香は今にも走り出しそうないきおいだった。
「でも、はしごの周りは大人の人たちに取り囲まれてるから、ワカに近づくのは難しいよ」
首を横に振りながら瑛太が言うと、絵里香が楓に顔を向ける。
「楓、あなたスマホでワカに連絡取れないの?」
「ごめん」つらそうに楓はうなだれてしまう。「ワカのアドレスとか、電話番号とか分かればいいんだけど……知らないんだよね……」
「そう言えば、あのピョン太の脱走事件の時、林先生はワカからメールが携帯電話に届いた、って言ってたよね? だから、林先生ならきっとワカのアドレスを知ってるよ! ぼく、学校に電話して聞いてみようか?」
そう言って瑛太がポケットからスマホを取り出すが、楓はかぶりを振ってみせた。
「それじゃ間に合わないと思う。ほら、もうワカが降りようとしてる。降りたらすぐにつかまえないと」
「それなら私、なるべくワカに近づいて、大声を上げて呼んでみるよ!」
言うが早いか、いきなり絵里香がワカが乗っているはしごに向かって駆け出した。
「ようし、ぼくらも行こう! みんなで叫べば、ワカにも聞こえやすいと思う」
瑛太がみんなを見回して言うと、クラスの全員がうなずく。
---
みんなの拍手に迎えられながら、ワカがはしごを降りてきた。技はみなほとんど完ぺきだった。だが、今の絵里香はそれを思い起こしている場合ではなかった。
「ワカ―!」
近寄ろうとした絵里香は、手前にいた大人の男の人に目の前で通せんぼをされて止められる。
「こら、これ以上はしごに近づいちゃダメだぞ」
「だったらワカをここに呼んでください! お願いです! どうしてもワカに話さないといけないことがあるんです!」
絵里香が食い下がっているうちに、クラスのみんなもその場に駆けつけてきた。
「それじゃみんな」瑛太がみんなを見渡して言う。「せいの、でワカを呼ぶぞ。せいの!」
「ワカ―!」
その場の全員の声がそろう。だが、ワカには届かないようだ。
「もう一回! せいの!」瑛太が繰り返す。
「ワカ―!」
「ちょ、ちょっと、どうしたんだ」
騒ぎを聞きつけたのか、大人たちが集まってきた。
「実は……」
瑛太がいきさつを説明すると、大人の中の一人のおじさんが、
「分かった。あのロボットに、ここに来るように言えばいいんだな? それなら、みんなここで少し待っててくれ」
と言ってくれた。
「お願いします!」みんながそろって頭を下げる。
やがて。
ワカが、みんなのところにやって来た。
「みんな、どうしました?」
大人と同じ身長になっているワカの顔は、ほとんどの子どもたちは見上げないとわからない。そして、そこには不思議そうな表情が浮かんでいた。
絵里香はにらみつけるようにしてワカに告げる。
「ワカ! あなた今、電池ヤバいでしょ? はしご乗りの最中に電池切れしたら、どうなると思ってんの? 落っこちてこわれちゃうかもしれないし、下に人がいたら下じきになってケガさせちゃうかもしれないんだよ?」
「ああ、それなら大丈夫です」ワカは笑顔になる。
「え?」
「アタッチメントで身長を伸ばした時に、スペースができたので、バッテリーも追加して容量を増やしたんです。今、そちらのバッテリーに切り替えたので、祭が終わるまではもつはずです」
「え……」
そう言えば確かに、ワカの顔に点滅していたはずのバッテリー警告が、今は見えなくなっている。
「もう、早く言ってよぅ……」
絵里香をはじめとして、その場にいたクラスのみんなが、一気にヘナヘナと地面にくずれ落ちた。
---
祭が終わり、帰りじたくを済ませた絵里香は一人、小学校の玄関でワカが帰って来るのを待っていた。
心の中で、絵里香は今日の出来事を振り返る。
色々あったけど、楽しかった。瑛太とも楓とも、意外に話があうことがわかったし。しかも、ワカのおかげか、今年のはしご乗りの結果は西の勝ちだったのだ。ワカのがんばりが認められたようで、彼女は本当にうれしかった。
「絵里香さん」
彼女が声に振り向くと、そこにいたのは……
「ワカ!」
そう。大人の身長でハッピを着たままの、ワカだった。
「ワカ、今日のはしご乗り、すごくかっこよかったよ」ニコニコ顔で絵里香が言う。
「ありがとうございます。それと……ごめんなさい」ワカがぺこりと頭を下げた。
「え、なに? なんであやまるの?」ポカンとした顔で、絵里香。
「みなさんに聞きました。絵里香さんが一番ワタシのことを心配していた、って。だから、心配かけて、ごめんなさい」
「そ、そんなことないよ。別に私、そんなに心配してなかったから……でも……」
「でも?」
「ワカが電池切れにならなくて、ほんとによかったよ」
そこで絵里香は、再び笑顔になった。
「ワタシ、何度か電池切れになって、最近はだいぶ学んできました。電池切れにならないようにするにはどうしたらいいのか、って」
「そうなんだ。ワカも勉強してるんだね」
「はい」
「……ねぇ、ワカ」
かくごを決め、絵里香はとうとう切り出す。実は、お昼ご飯の飲み物を出店で買った時、ついでに彼女はアクセサリーを売っている別の出店で、一つ買い物をしていたのだ。ワカのために。
周りには誰もいない。今それをワカに渡せば、誰かに見られて恥ずかしい思いをしなくてすみそう。このために彼女は小学校でワカを待っていたのだ。
「はい、これ、ワカにあげる」
差し出した絵里香の手のひらには、小さなロボットの、かわいらしいぬいぐるみが乗っていた。
「これは、なんですか?」ワカの顔が、不思議そうな表情になる。
「プレゼント。今日一日、ワカは祭のためにがんばったから、ごほうびだよ」
そう言いながら、絵里香は顔が熱くなるのを感じていた。今まで誰か男子にプレゼントをしたことなんて、一度もない。でも……これで、ちょっとだけ楓との差をうめることができるかもしれない。
だけど……
ロボットは、プレゼントなんかもらっても、うれしくないかもしれない。よろこんでくれないかもしれない。そうなったら……どうしよう……
ダメだ。ワカの顔が見られない。下を向いたまま、絵里香は胸がドキドキするのを感じていた。
「……ありがとうございます。大事にします」
「!」
絵里香が顔を上げると、目の前のワカが笑顔になっていた。
よかった! よろこんでくれた!
いや、でも……
絵里香は思い直す。ワカはロボットだ。ただ、プレゼントをもらったらよろこんでみせるようにプログラムされているだけなのかもしれない。
だけど、それでもかまわない。私は、そんなワカが好きなんだ。
「ワカ!」
絵里香はワカの体に飛びつく。驚いたことに、ワカの体はあたたかかった。人間の体温と同じくらい。日に照らされたからかもしれないけど、体中がまんべんなくあったかいので、それだけじゃない気もする。
「どうしたんですか、絵里香さん?」
ワカの声には、あわてている様子は全くなかった。
「ワカ……大好きよ……」
ワカの胸にあたる部分に顔をうずめて、絵里香がつぶやくように言う。
「ワタシも、絵里香さんが好きですよ」
絵里香の体を、ゆっくりとワカの腕が包み込んだ。
”え……うそ……私、ワカに抱きしめられてんの……?”
絵里香は気が遠くなりそうだった。
だけど……
これも、ハグにはハグで返すようにプログラムされてるだけなのかもしれない。「好き」なんて感情も、ワカは本当にはわかってないかもしれない。
でも、ひょっとしたら。
いつかはロボットも、「好き」って感情を理解するときが来るかもしれない。その時、ロボットと人間の恋愛は、きっと当たり前のことになるんじゃないだろうか。
そんな日が早く来たら、いいのにな……
ワカの体温を快く感じながら、絵里香はそんなふうに願うのだった。
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