5

 瑛太と楓が東地区の山車のスタート地点である町民会館に行くと、そこにはすでにハッピ姿の優里と純一が待っていた。山車を引く子どもたちが全員そろっていることを確認し、四人は協力して子どもたちを山車の前に二列に並ばせ、引きつなを全員に持たせる。そして瑛太と純一がそれぞれの列の先頭、楓と優里が最後尾についた。交通整理と引率のため、大人も山車の前後にそれぞれ一人ずつつく。


「出発!」


 リーダーの純一の掛け声で、山車がゆっくりと動き出す。山車はリヤカーを一回り大きくしたくらいの大きさで、4つの車輪がついていて飾りの入った屋根が上に乗っている。山車の中にはバッテリーとスピーカーが載っていて、童謡や郷土民謡、子供向けのアニメ主題歌などが常に流されるようになっていた。


 巡行のコースは、町民会館から山ノ中神社までの約1.2キロメートル。といっても国道を通ればもっと距離は短いのだが、お地蔵さんとかいろいろな場所に寄りながら、なのでだいたいそれくらいの道のりになってしまう。しかも、小学校低学年や保育園の子どもたちも山車を引いているので、途中で何度も休けいが入る。だから、到着まで毎年ほぼ2時間はかかるのだった。その間小学校高学年の純一、瑛太、楓、優里は小さい子の面倒をみながら巡行を進めていく、とても大事な役割を果たさなければならないのだ。


 もう9月中旬とはいえ気温は30℃を超えている。子どもたちが熱中症にならないように気を配りながら、瑛太たちは山車を進めていった。


 そして、午後三時。


 予定通り、東地区の山車は神社に無事到着する。熱中症で倒れたり、転んでケガをしたりした子はいなかった。瑛太は、ほっ、とため息をつく。神主さんや大人たちが出迎えてくれて、子どもたちにごほうびのお菓子を配り始めた。小さい子たちから歓声があがる。

 しばらくしてから西地区の山車も到着した。最後に、中学生以上と大人たちがかつぐお神輿がやってきて、神社の境内けいだい乱舞らんぶする。これで祭りの前半は終了。ここからがいよいよワカの晴れ舞台、はしご乗りだ。


「そうだ、楓ちゃん」優里が申し訳なさそうな顔で言う。「ごめんね、いっしょにお昼できなくて……」


「ううん。いいよ、優里ちゃん。瑛太と絵里香ちゃんといっしょだったから」楓が、気にしてないよ、という素振りで応える。


「え……絵里香ちゃんもいっしょだったの?」優里は意外そうな顔になった。


「うん」


「そうなんだ……大丈夫だった?」


「え、何が?」


「いや……楓ちゃんが絵里香ちゃんといっしょなんて、珍しいなって思ったから……」


「絵里香ちゃん、話してみたら、結構面白かったよ」楓はニッコリする。じっさい、絵里香ともいろいろ話をしたけど、推しアイドルやヴィチューバ―のグッズを集めてるなんて知らなかったし、彼女の意外な一面を知ることができて、楽しかったのだ。


「そっか。よかったね、楓ちゃん」優里も笑顔を浮かべる。


 その時だった。


「楓!」


 楓が声に振り返ると、絵里香だった。走って楓と優里のところにやってくる。


「絵里香ちゃん!」


「はぁ、はぁ……楓、ワカ見なかった?」息を切らしながら、絵里香。


「ううん、見てないよ」


「そっか……どこ行っちゃったのかな」


「たぶん、はしご乗りの準備をしてるんじゃない?」


「でも、それならもうあそこにいると思うんだけど……」


 絵里香が指差したのは、境内の奥の方だった。そこでは大人の人たちが集まって、はしご乗りに使う、高さ6メートルほどのはしごを二つ立てていた。


 はしご乗りでは、東地区と西地区の乗り子が同時にそれぞれのはしごに乗って曲芸をする。乗り子はそれぞれの地区で二人いて、かわりばんこ、または同時にはしごに登り演技を競う。毎年変わる七人の審査員の多数決によって勝敗が決められ、最後に神主さんが勝ったのは東西どっちかを発表し、祭は終わりとなるのだ。小学校はギリギリ西地区に入るので、小学校に寝泊まりしているワカは西地区の乗り子になっている、とのことだった。


「ええっ! うそぉ!」


 いきなり声を上げた絵里香の視線の方に楓も目を向ける。が、はしごの周りに大人たちが集まっているだけで、何も変わったところはないように見える。


「どうしたの、絵里香ちゃん」と、楓。


「あ、あれ……ワカじゃない?」


 絵里香が指差した方向を、楓は目でたどっていき……


「……ええー!」


 思わず大声を上げてしまう。


 そう。大人たちに混じって、まさしくワカがそこにいたのだ。今まで楓はそれに気づかなかった。なぜなら……


 ワカの背が伸びていたのだ。いつも学校にいるときは、子どもとあまり変わらない身長だった。だけど、今のワカは周りの大人と同じくらいの身長になっている。そして周りの大人と同じようにハッピを着ているワカは、遠目で見たら大人の人間とぜんぜん区別がつかなかった。


「ほんとだ……」優里も目を丸くする。「確かにワカだけど……いつも、あんなに背高くないよね」


「うん」瑛太がうなずく。「でも、ロボットだから、人間と違って簡単に背を伸ばすこともできるのかもね」


「やだ……ワカ、大人っぽくなって……なんかちょっとかっこよくなってる……」


 すっかり絵里香の目はハートマークになってしまっているようだ。だけど正直、楓にはそんなふうにはとても思えなかった。せいぜい、ワカって身長を伸ばすことができるんだ、と少し驚いたくらいだ。


「ワカ―!」


 絵里香が大声を上げると、それに気づいたのかワカがこちらを向き、右手を上げて振ってみせた。


「お、みんな、ここにいたんだ」そう言って光宙が、瑛太のとなりにやってくる。


「やっぱ、みんなワカを見に来るよな」


 今の声は、武。いつのまにか、5年生クラスの全員が集まってきたようだ。


 はしご乗りの準備が整った、というアナウンスが境内に流れる。東西にはしごが二つ並び、それぞれ12人の大人たちが木遣唄きやりうたを歌いながら、長い棒の先端に金具がついた鳶口とびくちと呼ばれる道具ではしごを支えていた。


 最初は東西どちらも人間の乗り子がはしごのてっぺんに登る。そしてかわりばんこに技をくり出し始めた。はしごの一番上のケタに背中を乗せ、あお向けに体を伸ばしてバランスをとる「肝潰きもつぶし」、お腹だけをはしごの一本の柱に乗せて大の字になる「一本大の字」……技が決まるたびに、境内にいる人たちから拍手が上がる。


 そして選手交代、ワカの番になった。ワカは人間の乗り子と同じようにはしごに登っていく。


「ワカ―! がんばれー!」


 声をかぎりに絵里香が叫ぶ。それに答えるように、ワカは曲芸を始めた。


 それは、人間の乗り子のそれと全く変わらなかった。全然危なげない様子でワカは次々に技を決めていく。5年生の子どもたちは、みな思わず見とれているようだった。


 ところが。


「……あれ?」


 楓のメガネがキラリと光る。


「どうした、楓?」


 なんの気なしに問いかけた瑛太は、次の楓のセリフを聞いた瞬間、背すじに冷たいものが走るのを感じた。


「ワカの顔に警告が出てるみたい。電池切れの……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る