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 家に帰ってから楓が絵里香にメールで、瑛太もいっしょでいいかと聞いてみたところ、すぐに「いいよ!」とニコニコ顔のスタンプ付きで返信が来た。


 正直、あまり親しくない絵里香と二人っきりはちょっと気まずいし、ワカに対する絵里香の思いを考えると、彼女と楓は微妙びみょうな関係でもある。だから、二人の間に瑛太が入ればちょうどいいクッションになってくれそうだし、瑛太もわたしもさみしい思いをしなくていい。われながらいいアイデアだ。楓は心の中でほくそ笑む。


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 あっという間に祭り当日がやってきた。秋晴れの真っ青な空。相変わらず昼間は暑いけど、8月みたいに体温を超えるほどではない。


 お昼にしてはちょっと早めの11時半に、三人は待ち合わせ場所の小学校に集合した。もう三人ともハッピを着ている。ただ、ハッピはみんな同じ色、同じ柄だが、絵里香だけが薄いピンクのオシャレな帯を腰にしめていた。さらに彼女はフワフワの髪をこれまたピンク色のかわいいリボンシュシュでポニーテールにまとめている。美少女で背が高くスタイルもいい絵里香は、ファッションセンスにも恵まれているらしい。楓は彼女がうらやましかった。


「へぇ。絵里香、なんかいつもとふんい気が違うな」瑛太がじろじろと絵里香を見渡して言う。


「そりゃハッピ着てるからでしょ。あなたたちだって、いつもと雰囲気違うよ」


 絵里香はそっけなく応えた。


「いや、なんかそれだけじゃないような気も……」


 と瑛太が言いかけた、その時。


「あー! 優里ちゃんが、もう焼きそば売り切れそうだって!」スマホを見ていた楓が大声を上げた。


「え、マジ? やべー、速攻行かねーと!」いきなり瑛太が走り出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ、瑛太!」


 彼を追いかけ始めた絵里香をさらにその後ろから追いかけながら、楓は、瑛太が絵里香に「なんかいつもとふんい気が違うな」と言った時、思っていた以上にショックを受けたことに気づいていた。だから楓は彼の気をそらすようなことを、とっさに言ってしまったのだ。


 ”やっぱり、瑛太も絵里香ちゃんのこと、かわいいって思ってるのかな……”


 いや、ダメだ。今はそんなこと考えてる場合じゃない。楓は必死で自分に言い聞かせる。今日はお祭りなんだから、楽しまなくちゃ。


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 小学校は祭りのメイン会場である山ノ中神社からあまり離れていない。だから少し歩けば屋台や出店がたくさん並んでいる。とりあえず三人は屋台で手分けしてそれぞれ食べ物を買うことにした。瑛太は焼きそば二人分、楓はたこ焼き一パック、絵里香は三人分の飲み物。そして、買い物が終わったら小学校の体育館の日陰の場所で集まり、お昼ご飯を食べることになっていた。


「いただきます!」


 瑛太は一人前の焼きそばを全部一人で食べていた。こういうところの焼きそばって、家で作るよりもおいしいのはなんでだろう、と彼は思う。楓と絵里香は一人分の焼きそばを半分こにして、並んで食べていた。この二人が仲良くよりそってご飯を食べているところを見るのは、初めてかもしれない。スーパーレアイベントだ。瑛太はなんだかちょっとうれしくなった。


 空は相変わらず晴れていて日差しが強いけど、風がさわやかだ。もう秋なんだなあ、と瑛太はしみじみ思う。彼は秋が好きだった。暑くもないし寒くもないし、山が紅葉してとてもきれい。実りの秋だからおいしいものもたくさんある。


 話してみると、意外に絵里香は面白い子だった。瑛太と楓の推しのヴィチューバ―のチャンネルを彼女も見ているらしく、三人はその話で盛り上がってしまった。ワカの話をするはずなのに、絵里香はすっかり忘れていたようだった。


「あ、もうこんな時間」スマホの画面を見て、絵里香が言う。「公民館に行かないと」


 山ノ中町は神社を境に東地区と西地区に分かれている。絵里香が住んでいる西地区は瑛太と楓の家がある東地区とは山車が別なのだ。その西地区の山車のスタート地点が公民館だった。だから絵里香はこれからしばらく二人とは別行動になる。ちなみに純一も優里も東地区に住んでいるので、毎年二人と一緒に同じ山車を引いている。光宙と武、そして彼ら彼女ら以外の5・6年生はみな絵里香と同じ西地区だった。


「それじゃ二人とも、また後でね」手を振って、絵里香が歩き出した。


「おう」

「またね、絵里香ちゃん」


 二人も手を振って彼女を見送る。


「……」


 ふと瑛太は、楓が自分の顔をのぞきこんでいるのに気づく。


「なに?」


「う、ううん。なんでもない」


 あわてて楓は視線をそらした。

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