3

「どうした?」


「!?」


 瑛太の声に、楓は我にかえる。


 下校時間。いつもの帰り道を、いつものように二人は並んで歩いていた。だけど、なぜか楓はいつものように瑛太としゃべることができないでいた。


「なんか、さっきからずっとボーっとしてんじゃね? 楓」


「そ、そうかな」


「ああ」


「……」


 昼休みの、絵里香ちゃんの話のせいだ。楓は心の中でため息をつく。確かに、こんなふうにいつも二人で帰ってたら、付き合っていると思われてもしかたないのかもしれない。だけど……楓にはもちろんそんな気持ちはなかった。いや、なかった……つもりだった。


 でも……


 わたしにとって、瑛太って、なんなんだろう。


 それまで楓は、そんなふうに深く考えたことは一度もなかった。瑛太とは、物心ついたときからいっしょにいるのが当たり前だった。保育園もいっしょだったし、遊ぶのもいつもいっしょ。


 だから、間違いなく言えるのは、二人が幼なじみ同士ってこと。それ以上の関係ではない……はずだ。


 それから、これも間違いないと言えるのは、楓は瑛太が嫌いではない、ということ。もちろん長い付き合いだからケンカをしたこともある。だけど、楓が一番話が合う相手と思えるのは、やはり彼なのだ。


 だからと言って、それじゃ瑛太のことが好きなのか、と問われると……


 答えに詰まってしまう。そもそも、楓は「ラブの好き」っていう気持ちがよくわかっていなかった。


 ”でも、絵里香ちゃんはちゃんとわかっているんだ。うらやましい……”


 そう。絵里香はすごくキラキラしてる。顔立ちが整っているし、背も高いし、最近ちょっと胸が大きくなってきたみたい。とにかく彼女は大人っぽい。性格も活発で友だちも多い。面倒見がいいので、下級生にも「絵里香おねえちゃん」って言われてて人気がある。


 どう考えてもかなわないなあ、と楓は思う。うわさによれば、絵里香は年上も年下も含め何人かの男子に告白されているらしい。でも、誰にもOKしていないという。


 そこまで考えて、楓はふと、瑛太は絵里香が好きなんだろうか、と考え、ドキリとしてしまう。


 もし、瑛太が絵里香のことが好きだったら……


 ……。


 なんだか嫌な気持ちが心の中に沸き上がってくるのを、楓は感じていた。


 “もしかして、これは……ヤキモチ……ってヤツ……?”


 いやいや、ちょっと待って。楓は必死に自分に言い聞かせる。


 ”だって、優里ちゃんがわたしじゃなくて絵里香ちゃんと仲良くなる、って思っても、やっぱり嫌な気持ちになるもの。だから、ヤキモチはヤキモチでも、これはラブのヤキモチじゃなくて、友だちを取られるヤキモチ。だから、瑛太もラブじゃなくて単に友だちとして好き……ってことだよね?”


 うん。きっとそうだ。そういうことにしておこう。楓は無理やり自分を納得させる。


「なあ、聞いてる?」


「!」


 少し怒り口調の瑛太に、楓はタジタジとなった。


「ご、ごめん……なに?」


「お前、祭りの時の昼ごはん、どうすんの? って聞いてんだけど」


 山車が動くのは午後一時からなので、みんなそれまでに昼食をとっておかなくてはならない。その日は道路沿いに屋台や出店が並んでいるので、たいていみんなそこで食べ物を買って食べるのだ。友達どうしでいっしょに食べる子もいれば、家族そろって食べる子もいる。


「え、ええと……その日は、絵里香ちゃんといっしょに食べようと思ってるんだけど」


 そう。あの体育館裏の後で、絵里香から彼女のスマホにショートメールが来たのだ。祭の時、お昼いっしょに食べない? と。


 それまで楓は母親といっしょに屋台で食べていたのだが、今年は母親が祭の日もどうしても仕事を抜けられない、とのことだった。それで仲良しの優里に聞いてみたのだが、優里もお兄ちゃんといっしょに食べるらしく、別の友だちもみなすでに誰かと約束をしていて、どうしようと思っていたところなので、彼女は絵里香からの申し出をOKしたのだった。


「えーっ!」


 瑛太の驚き方はずいぶん大げさだった。


「お前、絵里香と仲良かったっけ?」


「ううん。そういうわけじゃないんだけど……ワカについていろいろ聞きたいから、って、ね……」


「……」


 しばらく瑛太はポカンとしたままだったが、やがて気を取り直し、ため息をつく。


「はぁ……あいつ、マジでワカのこと好きなんだな」


「そうみたいだね」


「確かに、ワカはかっこいいもんな。ふだんはよろけたりして頼りなさそうなのに、スクランブルモードになったらめちゃすごいからな。ええと……そういうのが好きなの、なんて言うんだっけ?」


「ギャップ萌え?」


「ああ、そうそう。だから絵里香はワカにギャップ萌えしてんのかもな」


「瑛太はワカのこと、うらやましいって思う?」


 楓にしてみれば、その質問は探りを入れるようなものだった。うらやましい、って彼が言ったとしたら、彼は絵里香に気があるのかもしれない。


「別に。そんなギャップなんか、いらねーし」


 さらりと言った瑛太に、楓はなぜかホッとしている自分に気づき、ドキリとする。

 よく考えてみれば、瑛太も一応知識として恋愛というものを知っているようだけど、本人は恋愛に興味なさそうなのだ。楓はずっと瑛太の近くにいたからよくわかる。今の彼は恋愛なんかより、叔父さんにゆずってもらった中古のデジタル一眼レフに夢中だった。


「そっかぁ……だったらお前を誘うわけにもいかないか」


 瑛太のそのセリフは楓には全く予想外だった。


「ええっ?」


「いや、光宙と食べようと思ってたんだけどさ、あいつ、今年は東京の大学に行ってる兄貴が帰ってくるから、久しぶりに会う兄貴と一緒に家族で食べるんだって。他のみんなも家族や兄弟で食べる子が多くて……ぼくの家族は祭りに来られないし、兄弟もいないし、お前が兄弟みたいなものだからさ……」


 そう言う瑛太の顔は、楓には少しさびしげに見えた。楓にも兄弟はいない。だからよけいに瑛太と仲良くなったのかもしれない。


 ”そっか。そうだよね。わたしたちは兄弟みたいなものなんだ。だから、瑛太に対する気持ちもラブじゃなくて、お兄ちゃんか弟に対するそれみたいなものだ”


 そう考えて少し安心した楓の頭に、突然すばらしいアイデアが下りてきた。


「だったらさ、瑛太もわたしと絵里香ちゃんといっしょに食べない?」


「ええっ!」


 瑛太の目がまん丸になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る