2

 次の日のお昼休み。


「楓、ちょっと話があるんだけど」


「!?」


 給食を片付けて自分の席に戻ってきた楓の前に、絵里香が真剣な顔で立ちはだかる。彼女は楓よりも背が高いので、文字通り上から目線で楓を見つめていた。目力の強い絵里香ににらみつけられているように感じた楓は、少しだけビビってしまう。


「な、なに? 絵里香ちゃん」


「二人だけでさ、少し、話さない?」


「う、うん……いいけど」


「じゃ、ついてきて」


 楓がうなずいたのを見て、少しだけ絵里香は口元をゆるめ、スタスタと歩き出した。


「ちょ……待ってよ、絵里香ちゃん!」


 あわてて楓は絵里香の後を追う。


---


 絵里香が楓を連れてきたのは、体育館の裏だった。あまり人に聞かれたくない話をするには、もってこいの場所。昨日悩みに悩んだ彼女は、結局楓と直接話をすることを選んだのだ。


「ねえ、楓」さっそく絵里香は口火を切る。「あなた、ワカのことどう思ってるの?」


「ふぇっ!?」思わず楓は変な声を出してしまう。「ど、どうって?」


「だからぁ……」そこで絵里香は口ごもるが、やがてはっきりと言い切った。「ワカのことが好きなのか、ってことよ!」


「す、好き……?」


 楓はすっかりしどろもどろになっていた。


「そう。ワカが好きなのかどうか、ってこと」


「そ、それは……嫌いじゃないのは、確かだと思うけど……」


「!」


 ピクリ、と絵里香のまゆが動く。


「でもさぁ、あなたには瑛太がいるじゃないの。彼と付き合ってるんじゃないの?」


「ええええっ!」楓の両目が、まん丸になった。「な、なにそれ……わたしと瑛太が、付き合ってる、って……」


「だって、あなたたち、いつもいっしょに帰ってるじゃない」


「それは……家が近所だから……」


「家が近所だったらいっしょに帰らなきゃならないの? そんな法律ないでしょ?」


「そ……そうだけど……」


 なんでわたし、絵里香ちゃんにこんな変なこと言われなきゃならないんだろう。楓はなんだか悲しくなってきた。わたしと瑛太が付き合ってるなんて……そんなこと、あるわけないのに……


「とにかく、あなたには瑛太がいるのに、ワカとも付き合うなんて……知ってる? そういうの、フタマタって言うんだよ? いけないことなんだよ?」


「……ぐすっ」


 楓はとうとう泣き出してしまった。とたんに絵里香があせり顔になる。


「あ、ご、ごめん……楓、違うの。言い方、きつかったね……ごめん。泣かせるつもりは、なかったの……」


 絵里香もすっかり取り乱しているようだった。


「ひっく……わたし……瑛太とも……ワカとも……ひっく……付き合ってないよ……フタマタなんかじゃないから……ぐすっ……」


「……そっか。わかったよ」絵里香は一瞬笑顔になるが、すぐにまた表情を引きしめて言う。「でもね、これだけは覚えておいて。私は……ワカが好き。もちろん、ラブの意味でね」


「え……」楓は言葉を失っていた。


「だから、ワカと仲良くなりたい。ワカの一番の仲良しは、私でいてほしい。ワカを……誰にもわたしたくない……もちろん楓にも、ね」


 しかし、そこでまた絵里香は表情をゆるめる。


「なんか、そんな気持ちが強すぎて、ちょっと楓を責めるようなこと言っちゃったね。ごめん。でも、私にとって楓は恋のライバルだから。私はあなたと正々堂々と戦うつもり。覚えておいて」


 優しい口調、優しい表情で、絵里香はそうしめくくった。


「……絵里香ちゃん」楓がポツリと言う。


「なに?」


「わたし、ワカのことは好きだけど、友だちとしての好きだと思う。たぶん、ラブじゃないよ」


「そっか。ライクの好き、ね」


「たぶんね」


「でも……ワカはあなたに、ラブかもね」


「ええっ?」


「ふふっ。わかんないけど、私にはそう見えちゃう。どちらにしても、私、がんばるからね。楓には負けないから」明るい顔で、絵里香が言う。


「う、うん……」


 どう答えていいのかわからない楓は、あいまいな表情で小さくうなずいてみせた。


 5時間目の予鈴。


「やば! 早く戻んないと……いこ、楓」


「うん!」


 二人は同時に駆け出した。

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