第三章 秋祭りはラブチャンス?
1
山ノ中町では、毎年9月の連休に秋祭りがある。この日、小学生はみんなで地区の
ところが。
「えー、なんでワカだけ山車を引かないんですか?」
ホームルーム。不満そうな顔でそう言ったのは、絵里香だった。
「それはね」若村先生がにこやかに答える。「ワカは、はしご乗りをしなくちゃならないからなの」
「ええー!」
教室がどよめく。「はしご乗り」は、秋祭りのメインイベント。消火活動で使われる高いはしごをまっすぐに立て、その一番上でとび職の人が曲芸をするのだ。昔、山ノ中町に伝説的なとび職人がいたことから始まったという。子どもたちもみなかっこいい曲芸をドキドキハラハラしながら見るのが好きだった。だけど、はしご乗りをするのはもちろん大人で、子どもがすることは絶対にない……はずなのだ。
「どうしてワカがはしご乗りをしなきゃならないんですか?」
絵里香がさらに詰め寄ると、先生はちょっとだけ寂しそうな顔になった。
「今、ここみたいな田舎には若い人が少なくなって、乗り子(はしご乗りをする人)もいなくなってきているの。それでね、はしご乗りのやり方をロボットであるワカに学んでもらって、乗り子にさせて伝統芸を受け継がせよう、っていう話になったのよ」
「……」
クラスのみんなは、ポカンとしたままだった。
「ワカは、ほんとに乗り子になりたいと思ってるの?」
楓が隣のワカに聞くと、ワカはニッコリと笑った。
「ええ、もちろんです。ワタシは人間のすることはできるだけいろいろ学びたいんです。だから、はしご乗りもぜひやってみたいです。だけど、たぶんワタシは真似ができるだけで、人間のみなさんみたいにやりがいを感じたりすることはないかもしれません。それでも、形だけでもワタシができるようになれば、将来それを受け継ぎたい、っていう人が出てきてもワタシが教えてあげられます。いちおう、ワタシはずっとこの町にいて、ここの人たちといっしょにくらしていきますから」
「へぇ……」「なるほど……」
みんなは納得した様子だった。確かに、最近ワカは以前に比べてずいぶん体の動かし方が上手くなった。今はもう体育もみんなとほとんど同じようにできる。だから、特訓すればはしご乗りもできるかもしれない。
だが、絵里香だけはしかめっ面で若村先生に食い下がった。
「先生、はしご乗りは山車の
先生がかぶりを振って答える。
「それがね……山車の巡行の間、はしご乗りの関係者は神社に集まって打ち合わせをしたり最終リハーサルをしたりしているの。だからワカもどうしても抜けられないのよ」
「……」
とうとう絵里香はだまりこんでしまう。その顔はふくれっ面のままだった。
「鳥越さん、まだ何か言いたいことがあるの?」と、先生。
「いえ、もういいです」
そう言って、絵里香はプイとそっぽを向いてしまう。
---
”もう……予定が狂っちゃったじゃない……”
家の自分の部屋に戻ってからも、絵里香はずっと心の中でグチっていた。
彼女はてっきりワカといっしょに山車を引きまわれると思っていたのだ。それなのに、ワカがはしご乗りの乗り子になったことで、その願いはかなわなくなってしまった。
絵里香はあせっていた。
今の時点では、誰が見てもワカと一番仲がいいのは、楓だ。もちろんお世話係なんだから当たり前ではあるのだが……
楓とワカがいっしょにいるのを見ると、絵里香は胸がキュンと苦しくなる。自分でもその理由は分かってる。これは、ヤキモチというヤツだ。彼女は後悔する。もっとコンピュータの勉強をしておけばよかった。楓よりもコンピュータに詳しかったら、自分がワカのお世話係になれたかもしれないのに。
だけど、楓のコンピュータの知識は、そんじょそこらの大人以上だ。どう考えてもかなわない。
「はぁ……」
絵里香は深くため息をつく。今や彼女の心の中を独り占めしているのは、推しアイドルのリョウくんではなく、ワカなのだった。自分でも不思議で仕方ない。ワカは人間じゃなくてロボットなのだ。それなのに、なんでこんなに好きになっちゃったんだろう。
一昨日だって、校舎の近くでピョン太を探しながら、絵里香はどうしてもワカが気になってしまい、ずっとワカを目で追っていた。崖を軽々と飛び越えるワカの姿は、いまだに彼女の目に焼き付いているようだった。
かっこいい……
あんなことができる人間なんて、絶対にいない。
だから彼女は、ワカのそばにいられる楓が、うらやましくてしかたなかった。
楓は友だちのグループが違うから、絵里香と話すことがあまりない。家が離れているのでいっしょに遊んだこともほとんどない。でも、絵里香は楓のことが嫌いではなかった。コンピュータの授業では何度も助けてもらった。ちょっとおとなしいけど、頭がよくて、とても優しい子。だけど……
このままじゃ、楓のことが嫌いになってしまいそう。嫌いになんかなりたくないのに……
私、どうしたらいいの……
いつのまにか、絵里香の目に涙が浮かんでいた。
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