4
なるべくピョン太に近づこうと、みんなは柵の手前まで急いで駆け寄った。
「ピョン太、おりてこーい!」
瑛太が叫ぶが、ピョン太はそこから全く動こうとしない。
「ピョン太ー! こっちきてー!」
「ピョン太! こっちこい!」
楓と純一が叫んでも同じことだった。騒ぎが聞こえたのか、奈緒と優里、光宙たちや絵里香たちも駆けつけてきて同じように叫んだが、ピョン太は動く気配すらない。
「ダメか……たぶん、ピョン太は崖がこわくて降りられないんだな……だけど、ネコがもうすぐそばまで来てるのに……」
純一がくやしそうに言うと、いきなり瑛太がしゃがんで小石を右手に持ち、
「えーい!」
と声を上げ、オーバースローでノラネコに向かって投げる。だけど、崖の上のネコまでは全然届かない。ネコはもうあと1メートルくらいにまでピョン太に近づいている。
「くそ……やっぱ、無理か……」
くやしそうに瑛太が額の汗を手の甲でふく。
「うおりゃ!」「えい!」
純一も光宙も小石を投げるが、同じだった。
その時、楓の頭の中にひらめきが走る。
「ワカ、スクランブルモードって、人命救助以外にも使えるの?」
「ええ、人間にお願いしてもらえれば、発動します」
「それじゃ、お願いします」
「はい」とたんにワカの髪が、燃え立つように赤く輝き始めた。
「石を投げてネコをおっぱらって。命中させなくていい。威嚇射撃(相手を
「了解」ワカが応え、足下の小石を拾う。
「いかくしゃげき……?」
どんな意味なんだろう。楓ってずいぶん難しい言葉を知ってるんだな、などと瑛太は思うが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
ワカは右腕をグルグル縦に回し始めた。その回転がどんどん速くなり、目に見えないほどになる。ビュンビュンと風を切る音が聞こえてきた。
そして。
ヒュン、とひときわ高い音がしたかと思うと、次の瞬間、ノラネコの前足の直前で小石がはねた。
「!」
驚いたのか、ノラネコはいきなり向きを変えダッシュで逃げていく。だが、驚いたのはピョン太も同じようだった。彼もジャンプして草むらの中に姿を隠してしまった。
「ワカ、ピョン太を追ってつかまえて!」瑛太が言うと、
「ピョン太は生き物だから、やさしくね!」あわてて楓がつけ加える。
「了解」
スクランブルモードのままのワカが、足下のローラーを動かして高速ダッシュ。柵の手前でジャンプして軽々とそれを越えると、さらに大ジャンプして崖の上に着地する。走り出したワカは草むらにまぎれてすぐに見えなくなった。
「……」
瑛太と楓、純一たちは、ただその様子をポカンと見送ることしか出来なかった。
「みんなー!」
その場の全員が声の方にふり向くと、林先生と若村先生、それに続いて4人くらいの先生が、みんなに向かって走ってきた。
「はぁ……はぁ……ピョン太が見つかったんだって?」
息を切らせながら、林先生が言う。
「は、はい……って、なんで分かったんですか?」不思議そうな顔で、瑛太。
「ワカさんから携帯電話にメールが届いたの。グラウンドの崖の上で見つかった、って」
「……!」
すごい。そんなことができるんだ。あらためて瑛太はワカの能力に舌を巻く。林先生が続けた。
「で、どの辺にいたの?」
「あ、あのあたりです」瑛太と楓が、そろってワカが消えた場所を指さすと、先生は笑顔になる。
「わかったわ。あとは先生たちに任せて。みんな良くやったわね。校舎に戻って休んでて。何だったら帰ってしまってもいいわよ。もうずいぶんおそくなっちゃったしね」
「わかりました」
声をそろえ、全員がうなずいた。
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児童玄関に戻った瑛太がふり返ると、ピョン太を探していた子どもらが全員そこにいた。もう日が暮れそうなのに誰一人帰ろうとしない。みんなピョン太が心配なのだ。
やがて。
先生たちが帰ってくる。ワカも、体育教師の
「よいしょ、っと……さすがに人間の子どもよりはちょっと重たかったな。少し休ませてくれ」
そう言って池島先生がワカを肩から廊下に下ろし、壁により掛からせる。
「ワカ!」
その場にいた5年生たちが駆けよるが、ワカは全然反応しない。
「スリープモードだ」と、楓。「かなりムチャをしたから……電池がなくなっちゃったのね……」
「そうだ、ピョン太は?」瑛太が問いかけると、
「……大丈夫よ」
先生方の後ろから、林先生が姿を表した。両手にピョン太を抱えて。
「ピョン太!」
奈緒と優里が駆け寄り、大声を上げて泣き出した。
「うわあああん! ピョン太ー!」
ひくひく鼻を動かしているピョン太を見ながら、純一も絵里香も鼻をすすり上げているようだった。
「私たちが崖の上に行ったらね、ワカが倒れてたの。両手にピョン太を抱えたまま、ね」
壁によりかかったままのワカを見ながら、林先生が言った。
「そっか……ワカ、今日は大活躍だったね。お疲れ様」
楓がワカの頭を撫でる。それに応じたかのように、ワカの頬に表示されている電池残量の1%の文字が、チラリとまたたいた。
「……」
その様子を、少し離れたところから絵里香が複雑な表情で見つめていた。
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