3

「!」


 その場にいた全員がビクッとする。ウサギ小屋はウサギたちが逃げ出さないようにするためのものだが、同時にウサギたちを敵から守るものでもある。小屋の外では、ウサギは大きな肉食動物に簡単に餌食えじきにされてしまう、か弱い生き物なのだ。


 若村先生がみんなを見回しながら言った。


「いい、子どもたちは必ず二人組で行動すること。そうね、木浦さんと河内さん、島崎さんと時国さんでコンビを組んでもらえる?」


「はい」と、優里。


「いいですけど、ワカはどうすればいいですか?」


 楓が問いかけると、先生は少し首をひねって考えてみせた後、彼女に向かって答える。


「そうね。島崎さんがお世話係だから、あなたたち三人で行動したらどう?」


「わかりました」少しだけ、楓はうれしそうな顔になった。


「それじゃ、さっそく探しましょう」と、若村先生。「先生たちは学校に残っている子どもたちに声を掛けた後、裏山の方に行きます。木浦さんと河内さんは校舎の周り、島崎さんと時国さんとワカさんはグラウンドの方を探してもらえるかしら?」


「わかりました!」


 全員の声がそろった。


---


 グラウンドでは5年と6年の男子がいっしょになって3対3のフットサルをやって遊んでいた。その中には光宙と武の姿があった。そして、体育館の横では絵里香が6年の二人の女子に混じってダンスの練習をしている。みんなに向かって瑛太は声を張り上げた。


「おうい、みんなぁ、ちょっと来てくれ。緊急事態なんだ」


「緊急事態?」光宙がふり返って応える。みんな次々に瑛太に向かって集まってきた。全員が瑛太の周りを取り囲んだところで、彼は話し始める。


「実は……」


---


「マジかよ……ピョン太が脱走したのか……」


 そう言って悲しそうな顔になったのは、6年の根木ねぎ 純一じゅんいちだ。彼は5年の時に飼育委員だったので、ピョン太の世話もずいぶんして、かわいがっていたらしい。


「そっかぁ……」絵里香もシュンとしてしまった。彼女は4年の時に純一と一緒に飼育委員をやっていたのだ。「ピョン太はウサギの中で一番元気だったから、ひょっとしたらいつか脱走しちゃうかも、なんて思ってたけど……ほんとにやっちゃうなんて……」


「みんな、探すの手伝ってもらえない?」瑛太が言うと、純一はニッコリしてうなずいた。


「ああ、もちろん。みんなも探すよな!」


 そう言って純一が周りを見わたすと、


「おう!」「うん!」「ええ!」その場の全員が次々にうなずいた。


---


 ピョン太を探し始めて2時間ほどがたった。手分けしてみんながいろんなところを探しているが、ピョン太の姿はどこにも見つからない。


 いつの間にか、瑛太も楓もあまりしゃべらなくなっていた。二人とも疲れているのが明らかだった。


 空には夕焼けが広がっている。太陽が沈んでしまったら、もうピョン太を探すのは無理だろう。ゆううつな気持ちで二人はグラウンドをトボトボ歩く。その後ろを同じ速さでワカがついてきていた。ちょうどグラウンドを三周し終えた時、二人は前から歩いてきた純一と6年男子2名にでくわす。


「よう、どうだった?」と、純一。


「いや、見つかりません」瑛太が気落ちした様子で言う。


「そっか。こっちもダメだった。ウサギのことだから、たぶん食べ物を探して草むらにいるだろうな、と思って探してみたんだが……校舎の周りの草むらにはいないな。ひょっとしたら、山の中に入っていっちまったかもな」


 純一がそう言った、その時。


「楓さん、瑛太さん」ワカの声が、二人の背中にかけられる。


「ん、どうした、ワカ?」


 振り返りながら瑛太が問いかけると、ワカは顔をグラウンドの向こう側に向けたまま、言った。


「あの草むらの中に、何かがいます」


「え?」


 ワカが顔を向けている方を、瑛太と楓も見つめる。

 山を切り開いて作られたグラウンドは、小学校の校舎と切り立ったがけの間に、はさまれる形になっていた。土がそのまま見えているその崖は、子どもたちが登ることは禁止されている。と言っても崖の前にはさくがあって近寄れないようになっているし、そもそも崖が急すぎて登るのはまず無理だった。


 ワカが見つめているのは、その高さ8メートルほどの崖の上の草むら。だが、いくら目をこらしても瑛太にも楓にも何も見えない。


「何も見えないよ、ワカ」楓がポツリと言う。


「そうでした。人間には赤外線が見えないんでしたね」と、ワカ。


「せきがいせん?」楓は首をひねるが、瑛太には心当たりがあったのか、いきなり顔が明るくなる。


「そうか! なるほど! ワカには赤外線が見えるんだ!」


「ちょっと、いったいなんだっていうのよ?」


 自分だけわかっていないのが不満なのか、楓が口をとがらせる。そんな彼女に向かって、瑛太はうれしそうに言った。


「赤外線って、熱を持つものから出ている、目に見えない光なんだ。ぼくらには見えないけど、ワカは赤外線が見える。ウサギも動物だから体温があるし、体温があれば赤外線も出てる。その赤外線がワカには見えているのかも……ってことは、草むらの中にピョン太がいるかもしれないんだよ!」


「ええっ!」楓の目が丸くなる。「それ、ホントなの?」


「ああ、もちろん……ああっ!」


 突然叫んだ瑛太に、楓はビクッと体をふるわせた。


「なによ、瑛太……ビックリするじゃない」


「あ、あれ……」


 瑛太が指さす方に、楓も顔を向け……


「あああっ!」


 思わず彼女も大声を上げてしまう。


 そう。


 ピョン太が、草むらから顔を出していたのだ。


「ピョン太だ!」その場にいた全員が声をあげる。


「みんなに知らせなくちゃ!」瑛太がかけだそうとするが、


「待って!」楓が彼の右腕をつかみ、それを止める。


「え?」


「ほら、あそこ」


 楓の指さす方を見ると、そこには大きなブチのノラネコがいた。裏山で時々見かけるネコだ。山の中でネズミみたいな小動物をつかまえて食べているらしい。だけど全然人になつかず、人の姿を見るとすぐに逃げ出してしまう。


「!」


 ノラネコはピョン太の左、5メートルくらい離れているが、どうやらピョン太を狙っているようだ。気づかれないようにソロリソロリと近づいている。このままではピョン太があぶない。

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