第二章 ピョン太を探せ!

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 プールでワカに助けられて以来、武がワカをいじることは全くなくなった。というより、ワカは今やクラスのスーパーヒーローだった。とは言えいつもはとてもぎこちなく体を動かしているのだが、どうやらそれは人間のそれを真似して学んでいるから、らしい。それでもスクランブルモードになると、そういったことに構わずロボットとしての運動能力を全面に出して人間を助けてくれるようだ。だからワカはとても頼れる存在だった。だけど、ワカはみんなにあらかじめクギを刺しておくことも忘れなかった。


「今田さんの時はたまたまバッテリーの残り容量が十分あったから救助できましたけど、いつでもそういうわけではないので、わざと危ないことをしてワタシに助けてもらおうとはしないでくださいね」


 確かに、人命救助が使命とは言え、ワカだって神様ではないのだからいつでも助けてくれるとは限らない。それでもワカの人気はものすごかった。休み時間はいつもワカの周りにみんなが集まってくる。ただ、いっしょに遊ぼうと誘いたくても、ワカは休み時間は充電しないといけないので、教室から出られないのだ。教室で出来ることというと、しりとりとかそんな感じのものになってしまう。だけど今、高学年ではフットサルが流行っていて、お昼休みは男子も女子もグラウンドでフットサルをやっている。ワカは教室の窓から、それを眺めているだけだった。


「ねえ、ワカ。一人で寂しくない?」


 ワカが声の方に振り向くと、そこにいたのは絵里香だった。ノドが渇いたから、と言って彼女は少し早めにフットサルを抜けてきたのだ。九月とはいえまだまだ暑い。先生からは熱中症にならないように、ノドが乾いたらすぐに水を飲んでね、と言われている。ただ……実は、彼女はそれほどノドが渇いていたわけではなかった。彼女の目的は……教室でワカと二人きりになることだったのだ。


「いえ、寂しくはありません」と、ワカ。「ここでみなさんの遊ぶ様子を見るのも、いい学習になります」


「そっか。勉強熱心なんだね」そこで絵里香は、ゴクンとツバを飲み込む。今から彼女が話そうとしているのは、あまり他の人に聞かれたくないことだった。


「ねえ……ワカって、好きな人はいるの?」


 そう。プールで武を助ける姿を見て以来、絵里香はワカのことが気になっていた。それほどまでにあの時のワカはかっこよかったのだ。


「はい、いますよ」ワカは笑顔でこたえる。


「えー!」絵里香はドキリとするが、聞かずにはいられなかった。「だ、 だれ? 教えて……くれる?」


「クラスのみなさんや先生です。みんな好きですよ」


「……なぁんだ」とたんに絵里香のほっぺがふくれる。「そうじゃなくてさ、私が聞きたいのは、『ライク』の好きじゃなくて、『ラブ』の好きな人はいるの? ってこと」


「ラブとは、英語で恋愛の意味の言葉ですか?」


「ええ」


「そもそも、恋愛というものがワタシにはわかりません。鳥越さん、どういうものなのか教えてもらえませんか」


「え……」


 絵里香は言葉につまる。そんなふうにワカに言われるとは、彼女も全く思っていなかったのだ。


 恋愛……か……


 考えてみれば、絵里香だって恋愛がどういうものなのか、良く分かっていない。それでも絵里香には、好きだ、と思っている男性がいた。いや、正確に言えば「推し」かもしれない。


 男性アイドルグループの一人、「リョウくん」こと川島かわしま 良介りょうすけだ。十八歳だからかなり年上だが、彼女にとっては関係なかった。彼が出演しているテレビ番組は欠かさず見ているし、彼のSNSもフォローして常にチェックしている。もちろんお付き合いしているわけではないけど、好きな人は誰? と聞かれたら、絵里香は間違いなく彼の名前を答えるだろう。


 でも……


 私はいったい、リョウくんの何が好きなんだろう。

 言われてみると、よくわからない。絵里香は必死に考える。


 それはもちろん、イケメンでかっこいいところ。歌もダンスも上手だし、トークもとても面白い。コンサートのMCでも、いつもみんなを笑わせている。とっても魅力的……


 ……それだ。


「あのね、ワカ、好きな人にはね、魅力を感じるものなの。ワカには魅力を感じる人はいないの?」


「魅力を感じる人、というのは、何か自分にとってメリットを与えてくれる人、という意味ですか?」


「メリット?」


 聞いたことの無い言葉だった。


「ああ、メリットというのは、英語で自分にとって都合のいいもの、って意味です」


「うーん……都合のいいものを与えてくれる人……ね……」


 なんだか、微妙に違う気もするけど……全然間違っているわけでもなさそう。結局絵里香はそれでいいことにした。


「……そういうことになるかな」


「だとしたら、ワタシは鳥越さんに魅力を感じます」

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