犯人に問いすぎ
春雷
第1話
とある山荘。殺人事件が起き、探偵が呼び出された。そして彼は、華麗に事件を解決へと導いた。
「犯人はあなただ!」探偵は女性を指さした。
部屋にいる全員が彼女を見る。彼女は目を見開いた後、諦めたような表情を見せ、笑った。
「あははははは!」彼女の笑い方は悪魔のようだった。「そうよ! 私が犯人よ!」
「青子! どうして彦摩呂さんを殺したんだ!」と彼女の母方の祖父、おじいさんが問う。
「お金が欲しかったからよ。彼は自室の金庫にお金を隠し持っていた!」
「何に使うつもりだったんだ」
「漫画を買うつもりだったのよ」
「何の漫画を買うつもりだったんだ」
「『忍空』全巻よ」
「それはどういう漫画なんだ」
「常時舌を出している少年が主人公の漫画よ」
「どういう部分が魅力なんだ」
「主人公のベロがずっと出ているところよ」
「どうして主人公はずっとベロを出しているんだ」
「不明よ」
「その少年の名前は何だ」
「空助よ」
「空助は何故ベロを出し続けているんだ」
「だから知らないわよ。まだ読んでないし」
なら・・・、とおじいさんがまだまだ質問を重ねそうだったので、探偵が遮る。「おじいさん、質問はその辺にしていただいて・・・」
「しかし探偵さん、彼女は彦摩呂さんを殺したのですぞ!」
「いや、それはそうなんですが、質問が事件とは関係ないような・・・」
「あるわ!」おじいさんが叫ぶ。「つまりだよ探偵さん、わしは彼女の動機を詳らかにしておるのだ。話を聞く限り、彼女はベロを出しっぱなしにした主人公の、ベロが出しっぱなしになっているところが魅力の漫画が欲しくて、彦摩呂さんは殺されたということらしい。これはもう、ベロ出しっぱなしの空助が犯人と言ってよい。逮捕するなら空助にしておくれ」
「そ、それは無理ですよ、おじいさん。漫画のキャラクターが現実に殺人を犯したわけではないですし、フィクションの住人を逮捕することは不可能です」
「そんなことはわかっとるわい!」
よく叫ぶタイプのおじいさんは再び叫んだあと、また青子に質問し始めた。
「ならなぜ、お前はベロを出していないのだ。空助が好きなんだろう?」
「好きかどうかもよくわからないわ。まだ読んでないから」
「読んで好きになった場合、ベロを出すのか?」
「出す可能性もあるし、出さない可能性もある。でも、出さない可能性の方が高いと思うわ」
「どうしてそう思うんだ」
「基本的にベロを常時出している人間が、全体的に少ないからよ」
「では、もし仮に全人類の半分が常時ベロを出す習慣を持つ者だった場合、お前は常時ベロを出す派になる確率は、いったいどれくらいなんだ」
「七十パーセントよりは高いと思われるわ」
「それはいったいどういう計算のもと算出された数値なんだ」
「私が流行りものに飛びつく確率がだいたいそのくらいだからよ」
「では、もし両親が常時ベロを出す習慣を身に着けたらどうする?」
「父だけがやっているなら、やらないわ」
「それは何故だ」
「私は父のことを好いていないからよ」
「そのことと、今回の事件は関係あるか」
「ないわ」
ないのかよ、と探偵は内心思った。でも口には出さなかった。またおじいさんに叫ばれると、おっかないからだ。おじいさんは、平気で叫ぶタイプの後期高齢者なのだ。元気なことはいいことだが。
「ではどうしてお前は父を好いていないのだ」
「知らないわ」
「そのことについて考えてみたことは?」
「ない、と思う」
「父は空助のことが好きか?」
「知らないわよ、そんなの」
「そうか・・・」
おじいさんが天井を見つめる。ぼーっとしているように見えたが、考え事をしていただけらしい。おもむろに口を開いた。
「探偵さん、彼女の父親が、もし仮に全人類が常時ベロを出す習慣を身に着けたとしたら、その流行に乗っかって、常時ベロを出し続ける人生を歩む確率は、七十パーセントよりも高いと言えるでしょうか」
探偵は、その問いに答えた。
「知らねえよ!」
じゃあ、迷宮入りってわけですかい・・・、というおじいさんの言葉を、探偵は無視した。全員が無視した。
今は晩夏。もうすぐ秋が訪れる。
犯人に問いすぎ 春雷 @syunrai3333
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます