第4話 幼なじみ卒業させてもらいます

 短い春休みはあっという間に終わって、始業式の日になった。


 通学路の桜は風が吹かずともひらひらと舞って、風が一吹きすれば地面に落ちたものまでが舞い上がる。


 いつも通りならもう出て来る時間なんだけど、今日は遅いな。


 颯馬と一緒に登校するため五分くらい前から彼が家から出てくるのを待っている。


 先に行ってるなんてことはないと思うけど、一度、確認した方がいいかな。


 わたしがインターフォンのボタンに人差し指を向けたその時、玄関ドアが開いて半開きの目をした颯馬が出てきた。


「お、おはよう、颯馬」

「おはよう、ってか何してんだ」


 インターフォンを押す直前のポーズのまま硬直しているわたしに半開きの目と同じような低めのテンションで颯馬が声を掛ける。


「何って、颯馬を待っていたのになかなか出てこないから、呼ぼうと思って」

「すまん、今日はちょっと寝坊した」

「始業式の日から寝坊しちゃう?」

「今日は式だけで授業ないからそこまで気合いれなくてもいいかなと思って」


 硬直が解けたわたしは欠伸をしながら伸びをする颯馬と並んで歩く。


「授業はなくても新しいクラスの発表があるじゃん」

「でも、それはこっちが頑張らなくても勝手に決まるものだし」

「そうだけど、クラス替えってわくわくしちゃうでしょ」

「そりゃ、まあ、多少は」


 わたしとしては今年は絶対に颯馬と一緒のクラスになりたい。


 今年は修学旅行もあるし、文化祭とかの行事だって二年生になれば勝手がわかるぶん去年よりもずっと楽しめるはずだから。


「最近は颯馬と一緒じゃなかったから、今年は一緒だといいな」

「そうだな。朝陽が一緒だと課題を写させてもらう人を探す手間が、痛ッ」


 わたしの蹴りが颯馬のお尻にヒット。


「バーカ」


 女の子が同じクラスになりたいって言うのって「月が綺麗ですね」って言うのと同じだからね。


 まったく、痴漢を捕まえた時はあんなにかっこ良かったのに。



 クラス替えはわたしの願いが届いたのか、それとも颯馬の邪な思いが届いたのかわからないが、わたし達は同じクラスになった。


 見知った顔より知らない顔の方が多いな。


 とりあえず、去年からのクラスメイトに今年もよろしくねと挨拶をしていると、何やらクラスの男子生徒の一部がざわざわと落ち着かない様子でいる。


「さっき、職員室の方に銀髪のすっげー可愛い子がいてさ」

「うちの学校に銀髪の可愛い子なんかいたか?」

「いや、そんな子いないだろ」

「じゃあ、転校生か」

「それなら、俺にもワンチャンあるか」

「それならってなんだよ」


 転校生なんて珍しい。


 うちの学校は進学校だから編入試験はかなりの難易度だって聞いたことがある。それを突破して、さらに可愛いとなればきっとすぐに有名人になるだろう。


 その後も誰がどこのクラスになったなんて話をしているとあっという間に時間が過ぎて、始業前の予鈴にはっとさせられた。


 自席からクラスを見渡すと、颯馬の隣の席だけがぽつりと空いたままになっている。


 そこが転校生の席なのかな。

 いやいや、新学期早々、風邪をひいてる生徒がいるという可能性も――。


「はーい、みんな、おっはよう」


 教室のドアが開く音と重なるように担任の萌木先生の声が元気に響く。


 教壇に立ってやっとわたしより少し背が高くなるくらい小柄な萌木先生は童顔ということもあって、生徒の中に混じっても全く違和感がないことで有名。

 一部では違和感がないを通り過ぎて生徒より幼く見えるとまで言われている。


 萌木先生が一言、二言ほどの短い自己紹介を済ませると、

「それじゃあ、ここでもう一人、このクラスで一緒に勉強する仲間を紹介するよ。では、入って~」


 クラスメイト全員の注目が教室前方のドアに集まる。


 ドアが開いて彼女が一歩教室に足を踏み入れただけで空気が変わった。


 艶やかな銀髪が歩を進めるたびにさらさらと揺れ、すっと伸びた背筋はそれだけで育ちが良さそうな雰囲気か醸す。

 適度に運動もしているのだろうスカートからのぞく脚も引き締まっている。

 そして、くりっとしたアーモンドアイは見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。


 街中で擦れ違えば二度見どころではなく三度見以上してしまう。

 こんな綺麗な子、一度見たらなかなか忘れられるものじゃない。

 あの日、颯馬が痴漢から助けた子だ!


八乙女恵麻やおとめえまです。よろしくお願いします」


 通る声であいさつをして一礼する八乙女さんはまだわたし達には気付いていな――。

「あっ! こないだの痴漢……」


 そこで切らないで! 


 礼をして顔を上げた八乙女さんの視線は颯馬を捉え、痴漢という強烈な単語にみんながぴくっとする。


「ちょ、ちょっと、俺は痴漢じゃなくて痴漢から助けた方だから」


 犯人扱いをされたわけではないのに颯馬が火消しにかかる。

 まあ、八乙女さんから痴漢扱いされたら秒で社会的死亡が確定しそうだもんね。


「あっ、えっと、そ、そうです。すいません。あの時はありがとうございました」

「おっ、鷺森、八乙女と知り合いなのか。八乙女の席はちょうど鷺森の隣だから、これも何かの縁。あとで校内を案内してね」

「えっ、俺がですか!?」


 すでにクラスの大多数の男子生徒の怨磋を買っている颯馬。

 ご愁傷様です。


「さて、今日のスケジュールを話すから八乙女も席着いて」


 颯馬の隣の自席に向かう八乙女さんからはなんだかキラキラしたオーラが出ている気がする。

 まさにヒロインって感じだ。


「よろしく、鷺森君」

「お、おう」


 颯馬の奴、名前を呼ばれたくらいで顔を赤くして。


 ん? なんだろうこの展開……。

 転校生の美少女を痴漢から救って、偶然同じクラスで席が隣同士なんてラノベなら『高嶺の花の転校生を助けたら懐かれました』ってところかな。


 だとしたら、わたしは主人公の幼なじみポジションで主人公に思いを寄せるけど、二人の関係は幼なじみ以上にならない負けヒロインポジションじゃないか!


 いや、そんなラノベみたいな展開があるわけ……。

 あるわけ……。

 わけ……。

 ありえる! 


 わたしは八乙女さんのこと全然知らないけど、ああいう子ほど颯馬みたいな奴にころっと堕とされるんだから。


 颯馬だって間違いで痴漢呼ばわりされたのに全く嫌な顔してないし。


 これは始まってしまうのか颯馬×八乙女のラブコメが!


 もし、颯馬が八乙女さんのことを好きになってしまったらそれはしょうがない。

 でも、そうでないなら、そうなる前なら、まだ、わたしにだってチャンスはある。


 もう、悠長なことは言ってられない。

 ここまで築いてきた幼なじみという関係を乗り越えて次ステップへ。


 だから、わたし、清宮朝陽は本日を以て幼なじみを卒業させてもらいます。


 To be continue...


― ― ― ― ― ―

 今回のお試し短編はここまでになります。ぜひ、続きが読みたいという方は、

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本日を以て幼なじみを卒業させてもらいます!~負けヒロインになるのは嫌なんです~ 浮葉まゆ@カクヨムコン特別賞受賞 @mayu-ukiha2

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