第3話 痴漢と満員電車とヒーローと
フルーツパフェではちょっとしたアクシデントがあったけど、今日のデート(だと思いたい)はだいたい成功だといえるんじゃないかな。
今まではお互いの家でマンガ読んだりするなんてことが多かったけど、こうやって二人きりで出かけるという既成事実ができれば次につなげることができる。
強固な幼なじみという関係だって時間をかければ抜け出すことができるはず。
「そんなニヤニヤして何かいいことでもあったか」
「まあ、ちょとね~」
日も傾き始めたので家路につくべく地下鉄の改札を潜り、エスカレーターでホームまで降りたのだが、平日の帰宅ラッシュには早い時間なのにホームに人が大勢いる。
もしかしてと思って発車標を見るといつもなら次に来る電車の時刻が表示されるところに表示がない。
こりゃ、ダイヤがだいぶ乱れているな。
「電車混んでるかもな」
「しょうがないよ」
わたし達がホームに着くとほとんど待つことなく電車がやってきたのだけれど、それはわたしの想像を超える混雑ぶりだった。
うわわ、こんなに満員の電車初めてかも。
颯馬もわたしも押し流されるようにして電車の中に詰め込まれる。
「ふぎゅっ」
「朝陽、そこ掴まって」
颯馬が教えてくれたドア近くのポールにつかまって発車した電車の揺れになんとか耐える。
するとほんのりと柔らかないい香りが漂ってきた。
誰だろ、趣味のいいシャンプーか香水を使っているな。
そのいい香りが誰のものかはすぐにわかった。
わたしの右隣にいる颯馬の前方に立っている女の子からだ。
直接顔は見えないが、歳はわたしと同じくらいだろうか。艶やかなロングの銀髪で窓に映る顔は整っていて目はクリっとしたアーモンドアイをしている。後ろ姿と窓に映る姿だけですごく美人だということがわかった。
すごく綺麗な人、モデルさんか俳優さんかな。
おっと、いけない。
窓に映る彼女と目が合ってしまい、ガン見しているのがばれたと思って目をそらした。
もし、わたしがあの人くらい綺麗だったら颯馬もすぐにわたしの気持ちに気付いてくれるかな……。
まったく、わたしがあんなにアプローチしてんだから早く気づいてよ。
そう思って、颯馬の方に視線を向けようとしたとき視界の隅にさっきの綺麗な人が入ったのだけど、その表情はさっきと違って、苦悶の表情を浮かべていた。
お腹でも痛いのかな。それとも人が多くて気分が悪くなったかな。
……もしかして痴漢?
「痛ィィィィ」
「おっさん、いい加減にしろよ」
満員電車に突如響く中年男性と颯馬の声。
何事かと周りの乗客の注目がこちらの方に集まる。
「おいっ、離せ!」
「バーロ、離したらおっさん逃げるだろ」
「俺が何したって」
「自分でやっといて何言ってんだ」
「なんだよ。はっきり言えよ」
「はっきりも何も……」
たぶん、このおっさんは痴漢。
颯馬が何をやったのか具体的に言わないのは痴漢された子がそこにいるから。
こんな満員電車の中でこの子のお尻を触っていただろうとか言えば、変にこの子に注目が集まってしまう。ただでさえ、痴漢にあって辛いのに周りからいらない注目を集めれば、さらに精神的なダメージは大きくなる。
「おじさん、私も見てたよ。次の駅で降りな」
声を掛けたのは、颯馬の隣にいた二十代のお姉さんだった。
「なっ!?」
「この子が気を利かせているからって、いきってじゃないよ」
ちょうどそのタイミングで電車が駅に着いて扉が開くと、わたしや颯馬たちも一度ホームに押し出される。
「ちょっ、おっさん、暴れるなよ」
痴漢をしたおっさんは颯馬の手を振りほどいて逃げようとしたが、反対の手を助け船を出してくれたお姉さんに押さえられて観念した。
それあと、わたしは駅員さんを呼びに行って、颯馬や被害にあった子、助け舟を出してくれたお姉さんは警察から事情を聴かれ、すべてが終わって家の最寄り駅に着いた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
「すっかり遅くなったね」
「ああ、まさかあんな場面に出くわすとはな」
駅から続く坂道を二人並んで歩く。
「そうだね。わたしも最初は何事かと思った」
「もっとスマートにできたらよかったのかもしれないけど」
「でも、あの状況だとさ」
「うん、とにかく早く助けないといけないと思ったから」
「あの時の颯馬、ちょっとだけ、今日の映画の主人公みたいだったね」
「今日みたいな映画を見た後って、なんだか自分もちょっとだけヒーローになった気持ちになるよな」
「あの子からしたら颯馬はヒーローかもよ。それにあの子、すごく綺麗でヒロインって感じだったし」
「あぁぁ、しまった。連絡先聞いとけばよかった」
「今の下心で減点。ゲスいから」
「えっ、減点!?」
まったくちょっと褒めるとこうなんだから。
家に帰るまでは仮にもわたしと二人でデート(辞書的な意味)でしょ。
もちろん、颯馬が冗談で言ってるってことはわかるけどね。
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