4月10日(木)やっぱり10%

「それは災難だったわね」

 店員の女性がプレッツェルの入ったグラスをカウンター越しに置く。

 アシベルは礼を言ってグラスを受け取り、

 香ばしいスティックを一本口に咥えてポッキリと折る。

「今は地合いが悪いんだもの。あんまり無理しないで。よくこう言うでしょ? 休むも相場って」

「うん、そうだね」

「気のない返事ね。そのうち痛い目を見て心が折れてしまうわよ。そのプレッツェルみたいに」


 痛い目ならもう見た。

 アシベルはポリポリと一本食べきって、言った。


「大丈夫だよ。段々上手くなってきてるとは思うんだ。少なくとも同じ失敗は繰り返してない。ただ新たな失敗を積み重ねているだけで」

「呆れた」

 彼女は肩を竦めた。


時刻は午前二時。

アシベルは行きつけの居酒屋にいた。

さすがに深夜ともなると客は少ない。

二、三人の冒険者がいるが、

ラジオから流れる音声を遮ることはなかった。


”速報です! ただいま速報が入りました!"


番組の途中で割って入ったレポーターの声に、

全員がラジオの方を振り向いた。


"アメリ―家はトランプ砲に報復関税で対抗する姿勢を示したチュー家への関税を125%に引き上げ、その他の国々に対しては90日間10%とすることを発表しました!"


「マジか」と誰かがつぶやいた。

 振り返ると、客の一人が「っしゃ!」と派手にガッツポーズを決め、

 もう一人はこの世の終わりのように両手で顔を覆っている。


「くっそ、やられた……。関税発動してからたった半日で言うこと翻すなんて誰が思うんだよ」


 きっと彼は売り玉を持ち越したのだ。

 関税が10%になれば昨日大雨の様相を呈した相場が晴れる。

 下げ相場で利益を出す売り方は大損確定というわけだ。


「売り豚め、明日は丸焼きだな」

 買い方の冒険者が嘲る。


 そのうち二人は喧嘩を始めた。

 売り方と買い方のファイトは茶飯事すぎて誰も止めない。


「毎日目まぐるしいわね」

 まったくだ。

「アーシー、あなたは大丈夫なの? さっき持ち越したって言ってなかった?」

「大丈夫。両建てだからどっちに振れても問題ない」


嵐で花が駄目になり、そのあと後場に出たのだが、買い玉で発生した含み損が大引けまでに解消できずに持ち越した。あの速報がなければ翌日も下げる見込みだったから、同数の売り玉を入れて含み損の額を固定しておいたのだ。


【リスクヘッジ】 両建て時を止めるが如く。


「今日の相場は跳ねるわね」

「かなりね」

 彼女の微笑みにアシベルも片笑んだ。


その日、相場は急騰。

ニッ家平均株価の終値は前日比2894円97銭高の3万4609円00銭。

上げ幅は過去二番目の大きさを記録した。

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