乳房と硝子

ゆきのつき

乳房と硝子


わたしは毎日 乳房をカミソリで切っている


絶望を抱えて切っているはずなのに


毎回刃の消毒をおこたらない





何年か前に付き合った人の


スマホの画面を見てしまってからだ


そこにはいくつもの女性の乳房の画像があって


驚きよりも前に、この画像の女性たちのことを想った


乳房を際立たせる衣類に身を包み


ポーズをとったり、胸が上下にゆれるよう


故意に動いたりしている


彼女たちのこころは、精神は


いったいどうなっているのだろうか


こころのガラスは、いったい何色をしているのだろうか


彼女たちを眺める者たちは、そのガラスについて考えたことはあるのだろうか



それから私は毎晩


自分の乳房をカミソリで切っている


日ごとに、順調に傷が増える


乳輪も、赤い環ができる




いかりと


かなしみと


むなしさの


あか




切り終えると 傷口にガーゼをはる


ガーゼが


いかりと かなしみと むなしさを


一日だけおおってくれる


じんわりとした痛みと


ガーゼのザラザラとした感触に支えられながら


布団に入る



『気づけば気づくほど、感じれば感じるほど、この世界は苦しくなる。


そしてある程度の体力とつよさを持っていない者は


じわじわと死んでしまうの。』



2年前 ただひとりの友人がそう言った


その3日後


彼女はホテルの窓をこじ開け


飛び降りた


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乳房と硝子 ゆきのつき @yukinokodayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ