第14話 望まぬ酒宴

 六博りくはくの真骨頂は、食い合いと言って良い。魚で食い合い、ふくろうで狩り、梟も食い合う。

 梟は動けば動くほど、進めるマスが減っていく。反面、魚は『角』を使って場を変えて自由に泳ぐ。しかし、『角』以外はマスを反時計回りに動くのみ。梟は方向に左右されないが、マスの節約を考えるなら『方』に戻りながら方向転換するのが得策である。動きの制限がこのゲームを運だけのものにしていないのであろう。

 幾度かの応酬の末、楚王そおうの梟が荀罃じゅんおうを狩った。

 言いかえれば、荀罃の梟が楚王の梟のマスに止まったのである。自軍を守るためでもあるが、もう、そこしか動きようがなかったのもある。むろん、楚王の魚がとった駒は返された。梟が手元に戻れば、サイコロを一度振る。このゲームは駒を動かす以外に、梟が生まれたときと死した時にサイコロを振るのである。

「少しは手数が増えたようだな」

 荀罃は楚王の言葉に頷きながら酒を呑んだ。出た目が『白』だったのだ。酩酊を振り払いながら荀罃は姿勢を崩すまいと背筋を伸ばした。姿勢が崩れれば、心も崩れ、運も折れる。

 楚王の梟は荀罃の魚を狩ろうと動いたが、限界がきた。全く動けなくなれば、手元に戻せなくなるため――梟の死は敵梟への特攻のみである――無駄なことができなくなる。立ち枯れの梟は、魚が飛び込んでくるのを待つだけのものとなり、他の駒が『方』に止まっても、自軍に梟があるかぎり、成ることもできない。

 再び荀罃が梟と成る。他の魚を狩りつつ、己の駒を調整した。楚王は駒を巧みに動かしながら、荀罃の道を潰していく。梟が動いても魚が捕れなければ、マスの使い損というものだった。

 その間も相手に酒を与え、己に酒を課す。互いに顔が赤くなり、脇息に肘をつくことが多くなった。酒が多すぎて、喉が渇き始める。

「……楚王よ。酒は神聖なものなれど、過ぎると喉が痛むものです。互いに水を飲むのはいかがか」

 荀罃は、演技ではなく酔いを目に宿しながら、小さな声で言った。提案というより、こいねがった。楚王が首を振った。

「遊戯に水を飲むという法はなし。この盤上の決着がつかぬとも、お前が潰れれば俺の勝ちだ。逆もしかり。酒を水増しするのは罪深い」

 酒気まじりの息を吐きながら、楚王が返す。盤上は混戦であった。幾度も梟を自滅しあっては、駒を返してもらう。そうして、再び出目に合わせて動かし、運良く梟と成る。

 楚王はかなり酔っているようであるが、動きに迷いなく間違いもない。守勢よりも攻勢を選ぶところも変わらない。荀罃は、酔いをふりほどくように歯を噛みしめながら、一手一手を堅実に積み上げ、攻める。

 最終的に、互いの梟が動けなくなった。動けるマスの範囲から魚が全て逃げ、梟同士も離れてしまっている。場に動く駒の数も少なくなっていた。

「なかなかに悪くない勝負と思ったが、泥仕合か」

 楚王が頬杖をつきながら、ため息をついた。消化試合ほどつまらないものはない。互いの駒は抜き合うが同じマスに止まることなく、楚王の駒が六十番目のマスを越えた。

「仕切り直し、ですね」

 荀罃が呻くように言った。呼気に酒精が混ざっている。この浮かれそうな頭で、再び、賽の目に命を賭けなければならなくなった。

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