第13話 梟、二羽

 荀罃じゅんおうが持つ楚王そおうの駒は魚で取ったものである。これはゲーム内で取り返される駒であった。

 ふくろうの死は他の梟と同じマスに止まった時である。そうなれば魚に戻り、ふりだしから再び進めることとなる。その際、魚に奪われた己の駒を取り返すことができる。たとえ三つ、四つの駒を奪おうとそれが魚によるものであれば、返すこととなる。

 が、梟に取られた駒は返されない。ドローとならない限り、手元に戻ってこないのである。前のゲームで荀罃は魚での狩りはできたが、己の駒は梟に取られた。楚王の手数を戻さないためにも、ドローを狙うしかなかったのである。

 ――太極に到る前に、梟に狩られましょう。

 今回、荀罃は、楚王の梟に狩られるよりも、魚に取らせて戻せる可能性に賭けたのだ。梟の射程範囲にあった駒である。狩られる前に投降したと言うべきか。

 楚王の手番で、荀罃の駒は狩られることなく、楚王の駒も自滅しなかった。荀罃はさいを碗に落とした。

「……『方』。私も梟と成りました」

 ひとつの駒が縦に立ち、梟と化した。これで、楚王と荀罃双方の梟が盤上を飛び回ることとなる。そうしながら、他の駒を楚王の範囲から遠ざける。今までは守ることを考えていた。これからは攻守双方を考えなければならない。

 荀罃がボーナスの賽の目で梟を動かした後、小さく息を吐く。

「遊戯だ、少しは楽しめ」

 楚王がひょうげた声で言う。荀罃は、ひきつりながらもなんとか笑み、

しんでは遊戯にいそしむこともございませんでした。の歓待、遊戯の楽しさを覚えたいと思います」

 と、丁寧に返した。集中せねばならない。心を張り詰めねばならぬ。しかし、焦りを見せてもならない。楚王に引きずられてはならないが、それをつっぱねて殻に籠もれば負ける気がした。

 盤上遊戯は楽しんでいるほうが勝つものなのだ。

「よく言った。慎みを知りながら楽しみもわかるは、音の響きも良いだろう」

 荀罃の肌を舐めるように見ながら、楚王がサイコロを振った。良い出目といって良かった。二つの目を合わせ、荀罃の駒をひとつ取る。返らぬ駒となったそれを一瞥したあと、荀罃は挑むように盤を見た。これで荀罃の勝ち目はひとつ消えた。楚王の駒を全滅させないかぎり、勝てない。もしくは、ドローでしきりなおすか。

「私の皮はなめす価値もないでしょう。楚のびょうには似つかわしくない」

 虚勢であるのか意地であるのか。荀罃も己でわからぬまま、言い放ち、サイコロを振る。双方大きな目であった。そして、運が良い。

 荀罃の梟が楚王の魚をひとつ、狩った。多くのマスを通っての狩りである。ここで使ったマスは二度と通れない。むろん楚王の梟も同じルールで移動制限ができている。荀罃は周囲の駒を見ながら、もう一つの出目どおり、己の魚を動かした。そこには楚王の魚がおり、駒を奪われる。梟に奪われた駒がひとつ。魚に奪われた駒がふたつ。

「俺の駒は、返るのがひとつ、返らぬがひとつ、か」

「そして、あなたの駒は場に四つ。私の駒は三つしかございませぬ」

 楚王の言葉に、荀罃は挑むような声で返す。

 お互い、食い合いである。梟がどれだけ食うか。魚でどれだけ食い合うか。――どれだけを手元に戻すか、いつ戻るのか。

「守るに固いかと思えば、攻めるとなればとことんか。小僧の軽重を量るのは、なかなかに愉快だ」

 獰猛な笑みを浮かべ、楚王がゆったりと笑った。

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