②-3
雲の上に出た。左手でウンリュウが旋回している。右手には、ロストが一機。首のないカラスが描かれている。
彼女だ! かなりの速度が出ているはずなのに、おそろしく滑らかだった。
『来るぞ』
アツジの声と同時に彼女が切り込んできた。僕も機体を立てて滑る。彼女の翼端が光の筋を引く。
咄嗟に右に振って、すぐに左に切り返して、背面でダイブ気味に機速を稼ぐ。一秒で旋回に入れて、彼女を探す。
左上方から突っ込んで来た。その機首が一瞬だけ光った、気がした。
本能的にスロットルを押しこんだ。計器を確認、大丈夫、どこにも被害はない。
『コルウス・リーダー』男の声が、たぶん彼女を呼んでいる。『帰投時刻だ』
新月の夜に彼女と自殺まがいの飛行をした奴だろうか?
ここまで侵攻して来たぶん、彼女たちのほうが燃料の残りが少ないはずだ。もう大半の敵は散り始めている。
でも、彼女はぴたりと僕の後ろについた。
斜め上方からウンリュウが来る。僕が彼の射撃軸を抜けると同時に、ウンリュウの発砲音がキャノピの表皮を震わせる。
ルームミラーの中で、彼女が弾かれたように浮き上がる。どうしてあの機速で、あの反応速度で、操縦桿が引けるんだ。冗談じゃない、と笑いがこみ上げる。それも潰れた呼吸音になった。
射撃を躱されたウンリュウが、即座に逃げに転ずる。
彼女は、双発機の重みを感じさせない軽やかさで上昇していく。ウンリュウの後方につける気だろう。
僕は最少半径で反転、彼女の後ろにつく。一瞬だけ視界が黒くなった。誰かの怨念かと思ったけれど、単に僕の体重では耐えがたい大Gがかかっただけだ。
ろくに呼吸も継げないのに、不思議と苦しくなかった。
『コルウス・リーダー、どこだ?』
彼女は答えない。
『C‐Ⅱへ集合』これは僕ら宛ての、引き揚げろって合図だ。
アツジが失速した、と思った瞬間には機首を振る。機首が光った。
彼女が翻る。背面姿勢から切り返して、旋回上昇。
逃げるのか? と訝った瞬間、彼女がロールをした。主翼を垂直にしたかと思うと強引に下を向く。
その先に、アツジがいた。
「避けろ!」
僕の警告とほとんど同時に、彼女が撃った。
重たい衝撃音が、キャノピ越しにも伝わってきた。
彼女はもう、悠々とした旋回に入っている。高度を上げながら翼を小刻みに振っている。
僕を誘っているんだ。
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