②-1
誘導員の指示で滑走路の端までタキシングする。真新しい舗装が少し粘った振動を伝えてきた。
タワーからの離陸許可が下りる同時にスロットルを押しこんだ。ドロドロとした地上滑走の振動が、数秒で消える。
僕自身を焦らすように緩い上昇角をとった。脚を機体内に引き入れるときの衝撃が、僕の体温を上げる。
計器をチェックする。油温も油圧も正常だ。
落ちた蒼天が水面を覆っているんじゃないかってくらい、海が青かった。対照的に空には筋雲がいくつも引かれている。画家にでもなった気で死神たちが飛びまわったのかもしれない。
殺し合い日和だ。
海上に出て二分ほど飛ぶと左下から別の部隊が上がってきた。十八機の編隊だ。真ん中の一機は赤のマークⅠだった。
マブリだ。
マークⅠが翼を振って挨拶をしてきたから、僕も事務的に応じてやる。
先頭の一機が翼を振って編隊を離れた。僕の高さまで上がって来る。パーソナルマークは見えなかったけれど翼の振りかたでわかった。
バンクに入れて、相手のコックピットを直接見下ろす。
やっぱりアツジだった。
『久しぶり』僕は手信号を送る。『調子はどう?』
『上々』彼も手信号で応えてくれた。『どっちが前だ?』
二機編隊でニケを迎え撃とうと話したことを覚えていてくれたらしい。
『援護するよ』と僕。
『了解』
短い会話を交わしただけで、アツジはマブリのところまで下りていく。彼女のお守りを命じられているのかもしれない、かわいそうに。
それから五分もせず、前を往く部隊に追いついた。
と、無線が急に歌い出した。国歌だ。マブリが『ニケ』としての仕事を始めたのだろう。でも、前回の大規模作戦のときとは違って、キャノピを開けていない。失敗から学べる奴は大抵、生き残る。
国歌を歌い終えると、マブリは「今日の作戦は」と語り始める。あらかじめ原稿を覚えてきたのだろう。「ここで敵を食い止められるか否かが、防衛の鍵となる」「あたたたちが国を守る砦である」「今日、この作戦で英雄になる」そういう文言が白々しく無線からあふれてきた。
──膨大な犠牲だけが、この戦争を止められるの。
そう言ったマブリを思い出す。彼女は仲間を激励しながら、同時に仲間みんなが墜ちることを願っているのだ。
僕はそれを知っている。知ってしまっている。でも、今日の空には関係のないことだ。
僕はバンシーの操縦桿をそっと撫でる。アガヅマによって誰よりも軽く、美しく飛べるように改良された僕の妖精の輪郭を、辿る。
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