第十二話 黒煙と妖精

第十二話 黒煙と妖精 ①

〈12〉


 駐機場には全部で十六機──飛ぶことのできる機体の全てが揃っていた。

 格納庫の壁際に置いていたヘルメットを被り、脱出バッグとパラシュートとをコックピットに投げ入れた。

 まずは時計回りに一周、機体のエクステリアをチェックする。増槽がついていた。横付けされた給油機から、まさに燃料が注がれているところだ。エンジンはアイドル状態で、機体を暖めるためにゆっくりとプロペラが回っている。

 ラダーを登ってコックピットに納まった。脱出バッグを足につないでからパラシュートを背負う。インテリアチェックをしている間に、燃料を注いでいた給油機が離れていくのが見えた。計器も、バンシーが満腹になったことを示している。

 操縦桿を振って動翼のチェックに入る。異状なし。むしろ以前よりずっと機敏に反応してくれる。

 不意に笑いがこみ上げてきた。

 僕は、無能だし向いてもいないけれど、ヒノメがタルヴィングから供与された飛行技術を勝手に改造したり情報漏洩をしたりしていないか監視するための任務を負っている。そんな僕が、アガヅマがガラクタで改良したバンシーのコックピットに納まっているだなんて、なんて皮肉なんだろう。

 シートに深く沈んで、喉の奥で笑いを殺した。

 途端に、ひどい孤独感が押し寄せてきた。

 もうアガヅマはいない。きっと二度と戻って来ない。この基地に戻って来ても、僕を出迎えてくれる人はいないんだ。そう、実感する。でも、悲しくはない。どちらかといえば安心する。無理に還って来なくてもいい、僕は遺して逝く人のことを考えなくてもいい。彼女と闘うことだけに集中できる。そういう少し無責任な安堵感だ。

 パイロットはみんな孤独が好きだ。空を飛ぶために耐性がついているのかもしれない。もしくは、そういう人間だけがパイロットになれる。

 ラダーを登ってきた整備士が、僕に異状の有無を訊いてきた。僕は適当にあしらって、軽く敬礼をする。

 整備士がラダーを外して安全距離まで離れるのを待ってから、てキャノピを閉じた。エンジン音が遠退く。同時に孤独感も遠退いた。

 今はもう、空への期待しかない。ようやく、彼女に逢える。

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