③-2

 パイロット全員が揃ったのは、それから五分後のことだった。たった五分だったのに、すごく長い時間に感じた。

 驚いたことに、合同作戦への誘いだった。

 敵の飛行大隊が襲撃してくることは、とうの昔にわかっていたらしい。移動をともなう遠方の基地には数日前に通達がいき、すでに近隣の基地で飛行隊が待機しているという。

 僕らTAB-9のパイロットは戦場に一番近いから、作戦当日の朝に緊急招集をかければいいだろう、という手抜き具合だ。好意的に解釈するなら、情報漏洩を警戒してギリギリまで作戦を伏せていたのだろう。

「なにか質問は?」

 キヨミズがブリーフィングルームを見回したけれど、誰も反応しなかった。朝イチで叩き起こされた挙げ句、すでに計画されていた作戦に参加してこい、と命じられたわけだから、みんな不機嫌にもなる。

 僕だけが浮ついた気持ちでいた。

「では三十分後に滑走路で」というキヨミズの声を合図に、ブリーフィングルームを飛び出した。

 更衣室でパイロットスーツに着替えて、ヘルメットと脱出バッグ、パラシュートを抱えて格納庫へ向かう。

 シャッターの開いた第二格納庫からは、ちょうど牽引機に導かれたバンシーが出てくるところだった。朝日を浴びて、フードを目深に被った妖精が艶やかに輝いている。きっとバンシー彼女も、ニケとの再会に心をときめかせているんだ。

 でも、牽引機の運転席に座っているのは、アガヅマじゃなかった。

 格納庫にも駐機場にも彼の姿が見当たらない。

「ねえ」と手近な整備士を呼び止める。「アガヅマは?」

「あー」整備士は困った様子で視線を彷徨わせてから、「実は」と声を潜める。「脱走、したらしいんですよ」

「は?」と声が漏れた。

「いや、ただの外出かもしれないんですけど、司令も整備主任も行き先を知らなくて……」

 嫌な予感がした。

 僕は格納庫の壁際にヘルメットからパラシュートといった装備品を放り出して、足早に駐車場に向かう。

 つい数時間前、夜の中を泳ぐようにアガヅマと歩いた駐車場だ。

 彼の大きなトラックは、どこにもなかった。二人で小さな運転席を紫煙で満たしたこと自体が夢だったように、きれいさっぱり消え去っている。

 駐車場の隅には、彼の大きなバイクが残されていた。僕のスクーターと身を寄せ合っている。その側面に、真新しいペイントが施されていた。

 首と両腕を絶たれた、女性の上半身だ。背から伸びた鳥の翼だけが、自由を求めて広がっている。

 ──ニケだ。

 僕は数秒、その場に立ち尽くす。朝日を浴びたニケが、僕のスクーターに描かれたバンシーが、眩く輝いている。

 美しい、と思った。この地上にあるには相応しくないくらい、勝利の女神ニケ願いを叶える妖精バンシーは、美しい。これは空にあるべきだ。

 僕はゆっくり踵を引いて反転、離脱する。

 地上を捨てて、彼女を空で出迎えるために、駐機場へと足を向ける。

 上官に触れられた腹がヒヤリとした。たぶん、殺意や怒りに似た温度だったのだろう。


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