③-1

 唐突に鳴り響いたサイレンに、僕は飛び起きた。

 ベッドから飛び出して、即座に制服に着替えようとして、自分が靴を履いたままだったことに気がついた。

 しまった、と顔をしかめたものの、非常招集がかかった今は別だ。もだもだとルームウェアを脱ぐイヂチに「先に行くよ」と声をかけて、部屋を飛び出す。

 みんな着替えに手間取っているのか、廊下には僕一人だった。

 宿舎を出ると、思いのほか明るかった。もう夜明けは過ぎていたらしい。朝日に伸びた僕の影が、妙にご機嫌に跳ねていた。

 ──ニケが来る。

 昨夜、アガヅマが言っていた。彼女が、来る。このサイレンは彼女の襲来に相応しい。

 そう思ったのに、滑走路は空っぽだった。緊急発進の待機スペースには、暖機中の二機がのんびりと居座っている。

 悠長な空気に首を傾げながらブリーフィングルームに入ると、キヨミズが驚いた顔で僕を見た。

「早いのね、タカナシ」なんて間抜けなことまで言われる。

「だって、サイレンが……」

「そうだけど、それにしても早いわ」キヨミズは僕の眼前まで歩いてくると、無表情に僕のシャツの裾を摘まんだ。「シワになっているわ。規則違反よ」

 確かに自室の外にいるときは常にアイロンがあてられた服を着用するように、って規則がある。でも服のシワが非常招集より大切なことだとは到底思えない。

「着替えてきましょうか?」

「いいえ、そのままで」

 キヨミズの掌がシャツ越しに僕の腹を撫でて、ゆっくりと離れていく。上官としての態度じゃないように思えて、僕は半歩後退る。

 そんな僕に、キヨミズは不満そうに目を眇めた。踵を返してブリーフィングルームの一番前に戻ると、資料をめくり始める。どうやら本気で僕の不精を咎めるつもりなかったらしい。ならばどうして僕に触れたんだろう。僕のシャツがシワになっていることが規則違反なら、上官が部下に理由なく触れることだって規則違反だろう。

 そう考えたとき、一秒だけアツジの顔が浮かんだ。

 キヨミズと付き合っていた、僕の元相棒。キヨミズはアツジに、あんな風に触れていたんだろうか。

 僕は、アツジのかわりじゃない。かわりになんか、ならない。

 掌で自分の腹を強く拭ってから、ブリーフィングルームの中程の席に座る。俯いて、床を踏みしめる自分のスニーカーを睨む。

 こうしている間にも、彼女が近づいているかもしれない。

 僕だけが、彼女の願いを叶えてあげられる。僕だけが、彼女を墜としてあげられる。もうすぐ、あと少しだ。

 僕は落ち着かない気持ちで、仲間を待つ。

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