②-2
二人して駐車場に出た。こんな時間だから当たり前だけど、誰もいない。基地の出入り口を守る詰め所の明りだけが、いやに遠くにぽっかりと光っていた。
アガヅマは、駐車場の隅に止まっている彼の大きなトラックのロックを外して、運転席に座る。僕も助手席に滑りこむ。
外出するのかと思ったけれど、彼は窓を細く開けただけでキーすら差し込まなかった。煙草に火をつけて、窓ではなく真正面のフロント硝子に向かって紫煙を吐く。
僕も煙草を咥えた。すぐに車内が白く濁ってくる。朝もやの中を飛ぶ飛行機のコックピットみたいだ。思わずシートベルトを確認した。肩口でやる気なく垂れ下がっている一本きりだ。機体を背面姿勢に入れたら、簡単に体がシートから浮き上がってキャノピに頭をぶつけるだろう。もっともアガヅマのトラックは、いわば大型機だ。高機動で争うようにはできていない。
そんな妄想をしながら、ひたすらアガヅマの言葉を待った。
頼りない呼吸音だけが聞こえる。彼のものか僕のものか、ひょっとしたら窓で渦巻く風の音かもしれない。
煙草が半分くらいになったころ、アガヅマが紫煙を吐き出す延長で「明日」と言った。
「ニケが出撃する」
「どっちの?」
アガヅマは眼だけで僕を見た。いや、睨んだんだろう。僕だって本当はわかっている、彼のニケは一人だけだ。
「機銃はどうだ?」
「どうって? ここ三週間くらい一度も会敵してないから撃ってないよ」
「前よりも弾の出が早い」
トリガーを押しこんでから弾が発射されるまでにはタイムラグがある。銃弾を装填してから激発させて撃ち出し、空になった薬莢を排出してから次の弾を装填発射する。その連続が美しい弾筋となって敵へと伸びていくんだ。トリガーを引いてから初弾が出るまでは時間にしては一秒に満たない。
地上では気にも留めない一秒は、けれど空ではとても長い。だから僕らは敵機の動きだけじゃなく、自機の機銃のクセやタイムラグまでを計算して撃ち始める。
「それ、いつ換えたの?」
「二週間前」
「今まで黙ってるなんて、どういうつもり?」
「口で説明するよりも撃ったほうが早い」
それはそうだけど、敵を前にして予告なく機銃の仕様がかわっていたら慌ててしまう。命のやりとりをしているパイロットにとっては致命的な隙だ。それだけ信用されてるってことか? といい方向に解釈したかったけれど、たぶん違う。
ニケが、そうだったからだ。彼女は、アガヅマを全面的に信頼していた。だから事後報告すら不要とし、空で敵を前にして初めて自機のコンディションを知ることを善しとしていたんだ。ひょっとしたら、そういう命のやりとりを楽しんですらいたのかもしれない。
でも僕は、彼女ほど空に愛されてはいない。
「二度としないで」
「二度目はない」
アガヅマがあまりにも素早く言い切ったから、僕は憤りも忘れて彼の横顔を眺める。
鋭角な顔だ。造りが、じゃない。彼の周りの空気がとても尖っていた。
いつか、同じ雰囲気を見た。冬の風が吹きつける格納庫の前だ。愛機を見つめて殺気を研ぐ彼女の横顔がよぎる。
苦しくなって、呼吸を止めていたことに気がついた。はっと短く息を吐く。煙草を深く吸い込んで、吐き出す煙に言葉を紛れ込ませる。
「ニケが出撃するって、どうして知ってるの?」
「俺にもいろいろとルートがある」
「ロストのエンジンがマークⅢと同じだって知ってたのと同じルート?」
彼は口元を緩めた。肯定だろう。でも相変わらず、表情は硬い。まだなにか隠し事をしているんだろう。
「他にはなにを知ってるの?」
アガヅマはトラックの灰皿に煙草を押しつけた。最期の煙を、窓の細い隙間から外へ逃がしてやる。
「あいつは下がる」
飛行高度の話だ。そう、閃くように理解した。
突然だったけれど、その話題が来ることはなんとなく予想していた。彼がバンシーを本格的に改良し始めたときから、そして僕の部屋に来たときから。
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