第十一話 アガヅマ
第十一話 アガヅマ ①
〈11〉
僕の額から絆創膏が消えたころ、ようやく滑走路が平らになった。
舗装が乾くまでの三日間は誰も滑走路に近づかないように、ってキヨミズから厳命が下っていたけれど、数匹の猫が鳥だか虫だかを追いかけて跳ね回っていた。飛行機が頻繁に離着陸していたころには猫なんて見たことがなかったから、ずいぶんと平和になったものだ。物珍しさのせいか誰も猫を追い払わなかった結果、舗装が乾くまでに深い足跡が刻まれてしまったらしい。おかげで一部分は塗り直しを余儀なくされ、パッチワークじみた模様の滑走路が完成した。
それにともなって、機体の修理を終えた奴から警戒任務に戻っていった。僕も、滑走路が直って一週間も経たずに警戒飛行に出られた。順調な復帰だ。
最終的に四機編隊が四班作られて、ローテーションも細切れに組まれるようになった。のんびりと昼休憩をとっていられない、忙しない体制だ。隣町の食堂に通い詰めていた整備士やタワー詰めの隊員は大いに不満そうだった。
もっとも僕に言わせれば、今までのほうが腑抜けていたんだ、これくらい緊張感があったほうが戦争中らしくていい。
外出機会の減った地上要員とは逆に、アガヅマはよく大きなトラックに乗って出掛けるようになっていた。荷台に積まれた部品はやけに汚れているものも多かったから、軍の開発部から送られる正規品じゃなくて、どこかから拾ってきたガラクタを使っているのかもしれない。
そんな怪しい改良を施されたバンシーは、驚くくらい軽くなっていく。重量じゃなくて、機動の話だ。操縦桿に忠実についてくる機体っていうのは、自分自身が空で手足を伸ばしているようでとても気持ちがいい。
早く実践で試したかった。
そんな期待を抱いているときほど、敵とは巡り会えないものだ。
二週間で十回も空に上がって、一度はTAB‐8から来た仲間と非武装地帯の先にある国境まで飛んだのに、誰も出迎えてくれなかった。このままヘルティアに侵入できるんじゃないか、と思ったけれど対地装備をしていなかったし、なにより帰り道の燃料がなくなるからやめた。
寂しかった。
敵に会えないことが、じゃない。気の合う仲間と飛べないことでも、空戦の必要がないことでもなくて、こんなに軽いバンシーを僕しか知らないってことが、とても寂しかった。
彼女と飛んでみたかった。彼女なら、すぐに今のバンシーが前とは違うってことに気づいてくれるはずだ。今なら、彼女にだって勝てるかもしれない。
だってアガヅマは、彼女の一番の理解者だった。そんな彼と、彼が改良したバンシーと僕との三人でなら、彼女の願いを叶えてあげられる。そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます