③-3
アツジは天井に煙を吐き出して、顔の角度はそのままに僕を見下ろした。睨んだのかもしれない。
「リーダー機は初動から燃料庫狙いだった。迷いなく、一撃で燃料庫に火を着けた。ここの建物配置に詳しい奴が乗ってたってことだ」
「建物配置くらいなら調べればわかるんじゃない? スパイ、だっているかもしれない」
「アガヅマか」
「それは違う」咄嗟に否定してから、しまった、と思う。「と、思うよ。彼はそんな人じゃない」
「冗談だ」アツジは少しも笑わずに言いきった。
「悪趣味だよ」
「三度目があっても不思議じゃない」
どういう意味? と彼を見上げたけれど視線は合わなかった。
「あの女は、未帰還になる前に、二回墜ちてる。一度目は二カ月戦争の開戦日、二度目は二カ月戦争の最終日。どっちも五体満足で生還しやがった」
「詳しいね」
「言っただろ、俺だって昔はあの女に憧れてたんだ」
「その生還率に?」
「二回墜ちても、空に復帰した女だぞ。三度目は、ヘルティア側で復帰したと考えたって不思議じゃない」
「……君、二ヶ月戦争参戦組だっけ?」
「よくぞ聞いてくれた」アツジはようやく僕を見て、身を乗り出した。「飛行学校の卒業が一ヶ月繰り上がって、さあここからだってところで」ふっと彼は失笑じみた短い紫煙を吐く。「休戦だ」
つまり彼は、ニケやマブリを狂わせたあの激戦を知らないのだ。僕と同じく。
「二ヶ月戦争を生き残ったパイロットってことは、それだけ多く敵側を殺してるってことじゃないか。いくら寝返ってくれたって、敵だってそんなパイロットを雇いたくないと思うよ」
「じゃあ、これはどうだ」アツジは指を一本立てた。「新月だった」
僕は顎を引く。
「ここまで発見も撃墜もされずに辿り着くには」彼は指を滑らせて、南の空を示す。「海上を渡って回り込むしかない」
「飛行距離が長すぎるよ。給油なしじゃ片道切符だ。それに、君の勘が正しければ、同じ日の昼間に海上で大規模作戦に参加してた機体なんだろ? 一日に二往復なんて、男性パイロットだって体力が保たないよ」
「イカレてる」
「そうだね」
「パイロットが女ってことだ」
「なんでだよ」はは、と僕は笑った。「その極論はどこからくるの?」
アツジは笑わなかった。僕を睨んで、囁く。
「基地を移れと言われた」
ああ、と危うく頷きそうになった。どうしてその話を知っているのかって訊かれたら、キヨミズへの不満までぶちまけてしまいそうだったからだ。僕は半開きにした唇から曖昧な呼吸を繰り返す。
「お前」アツジはコーヒーカップを唇につけて、でも一口だって飲まずに弱く言う。「まだ俺が勝てると思ってるのか?」
僕はコーヒーを一口飲む。ぬるくて薄い。コーヒーカップの中で揺らめく光に、一瞬だけ彼女の新しい翼を思う。
瞼の重さを意識して、ゆっくりと視線を上げた。
「勝てるよ。勝つんだ」
彼女のために、と胸中で付け加える。
アツジは「そうだな」と呻いてトレーニングマシーンを降りた。
そのまま退室するのかと思ったら、腹筋を鍛えるために寝そべる台をベンチがわりに座り直す。僕も彼の向かいに座った。
それきり僕らはなにも言わずに、お互いの言葉を待つ。
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