②-2

 僕は渋々バンシーから降機して、敬礼する。

「調子はどう?」

「悪くはないです。薬のせいで少し眠気がありますが」

「ヤク中で空は飛ばせられない」

「中毒になるほどじゃありません。支給された分だけですし、アルコールだって飲んでない」

「アツジはどう?」

 瞠目した。どうして無傷の彼の心配をしなきゃならないんだろう?

「アツジは飛べると思う?」

「飛べない理由が思い当たりませんが……」僕は首を傾げた。「彼を飛ばしたくないんですか?」

 キヨミズはバンシーを仰いだ。まるで機体の側面に描かれた、フードを目深に被った女性が答えてくれると思っているように。

 僕もつられて顔を向ける。

「ええ」キヨミズはバンシーに、告白する。「そう、彼を戦わせたくない」

「アツジがそう言ったんですか? 戦いたくないって」

 キヨミズはため息をついた。ゆっくりとバンシーから視線を剥がして、僕の顔を素通りして靴を見下ろした。

 彼女はパイロットみたいなスニーカーでも整備士が履く安全靴でもなく、黒い革靴を履いている。墨を塗り込んだやつで、光があたると銀色に照る。

 ニケの髪とも首のないカラスとも違う、立場とか責任とかが絡んだ不自由で上等な色だ。

「アツジはTAB‐7に転属させます」キヨミズは俯いたまま言った。「あなたはここに残って機体の補修を待ちなさい」

「アツジとのコンビは解消ってことですか」

「あなたは飛べないでしょう。滑走路が使えるようになるまでTAB‐9は飛行機の修理が主な任務になるわ。飛べる機体を遊ばせておく余裕はないのよ」

「彼を手放したくないから、ヤク中なんて言い出したんですか?」

「アガヅマの改修案は」キヨミズは僕の言葉を無視した。「見ました。一部を除き許可します。あなたは機体が直るまで、パイロットとしての鍛錬を怠らないように」

 アガヅマの改修案ってなんだろう? と思ったけれど、口にはしなかった。アガヅマに直接確かめる気もない。

 キヨミズは「以上です」と宣言して踵を返した。

 敬礼をして見送る、はずが、キヨミズの急停止によって中途半端な姿勢になった。

「タカナシ」キヨミズの背中が、僕を呼ぶ。「率直に、訊くわ」

 思わぬ前置きに、「はあ」と酔っ払いみたいな返事をしてしまう。

「あの子、生きてるのね?」

「どの子?」

 本気で訊き返した僕を、キヨミズは振り返った。苛立ちにまみれた眼光が僕を射抜く。彼女に似合わない舌打ちが響いた気がして、その下品で不確かな音に、理解が追いついた。

 ニケのことだ。キヨミズは、ニケの生存を問うているんだ。でも、どうして? キヨミズにとってニケは、指揮下にいたパイロットの一人でしかないはずだ。あの子、という言い方は不自然だった。

 僕は慎重に表情を消す。たぶん、キヨミズも情報局も、ニケが生きていることを確信している。敵の精鋭部隊として飛んでいることだって知っているのだろう。

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